第三章 毒の館

第一話 館の主

 少年は一人夜中に目が覚める。清潔とは程遠い薄汚い部屋で、いつ洗ったのかも覚えていないベッドシーツから体を起こし、小さな勉強机に体を丸めるようにして座る。

 まだまだ大人には程遠い年齢であるが、明らかに年齢にそぐわない小さな勉強机しか与えられていない。いつフィラメントが切れるかもわからないほど明滅しているデスクライトの灯りを頼りに、勉強机にかじりつく。

 そうしてどれだけの時間を小さな勉強机を睨むことに注力していたのか、小さな窓から雲の合間を縫うように光が漏れる時間になっていた。

 それに気がついた少年は慌てて机の上の紙を折りたたみ、机の端に立てかけてあった枝に結びつけていく。途中加減を間違えて破れかけるも、なんとか出来上がったものを手に持って立ち上がり、ドアへと向かった。

「誰も……いない?」

 僅かにドアを開け、廊下を見渡して人がいないのを確認すると、静かに、それでいて素早く廊下に躍り出る。そのまま忍び足で外へと向かっていく。


 裏口から外に出ると、あとは見つからないように走るだけだった。数時間前まで寝ていた屋敷から出れば、雑木林を走ればあっという間に辿り着く場所にある。そこにさえ入って仕舞えば、少年の目的は半分は達成されたようなものだった。

「早く、早く行かなきゃ……!」

 粗末で穴の空いた、足の大きさに見合わない靴で躓きながら走っていく。

 今は随分と落ちぶれてしまったが、それでも少し前は屋敷の庭を駆け回っていたのだ。運動ならば自信はある、と震えそうになる脚を叱咤し、寒くもないのに歯の根が合わない今を無視する。

 そうしてしばらく走っていれば、大きな川辺に辿り着く。深いから潜ってはならないと厳しく大人に言われていた川に。

「お願い、……!」

 そうして持っていた枝を投げれば、弧を描いて枝は川の中央に水音を立てて落ちた。

「ご依頼、承りました」

「だ、誰!?」

 どこからともなく聞こえてきた声に、少年は振り返るも、そこには雑木林が広がるだけだった。



 すっかり明るくなった道を引き返して屋敷に辿り着けば、そこに一人の男が立っていた。早朝だというのに脂ぎった顔で、ゆったりとしたローブですら隠しきれない肥満体型のシルエットに、少年の顔は青ざめた。

「あ、お、お父様……」

「お前はまた勝手に抜け出したのか!この俺の言葉も聞かずに!部屋に置いてやるだけ感謝するべきなのに!」

「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」

 いつ洗ったかもわからないほど汚れ、匂いすら自覚できなくなるほど汚れ、痩せ細った腕は男の殴打から十分に少年の体を守れない。そのまま勢いよく体を吹き飛ばされる。

 至近距離まで近づいた男は酒臭かった。

「はぁ……朝から疲れることをするなよ……」

 そういった男は途端に興味を無くしたのか、そのまま一つ大きなあくびをして立ち去っていった。

「……お父さん……」

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