第六話 視えるモノ見えないモノ

「沙穂さんは今はご両親と離れて暮らしているんだね」

「はい。後見人の元で生活しています」

 学生が手を出しやすい価格帯のイタリアンレストランで三人は料理を囲んでいた。初めて会った時の印象から人好きのしない性格だと思っていた夏美は、饒舌に話をする沙穂の姿に拍子抜けした。

「それだけ美人なら学校でもモテるんじゃない?」

「恋愛にあまり興味はありませんね……学生の本分は勉強ですから」

 微笑んでジュースが入ったグラスを傾ける姿に、グラスがワイングラスで中身がワインだったならさぞ映えただろうと夏美はぼんやりと考えた。探偵業の様子からして学校に通っているかは怪しいし、後見人とはバメイという男のことを指しているのか?とアルコールの入った頭は余計なことを考える。

「それに恋愛は……越智様のように素敵な方と出会えたなら話は違いますが、慎重にしたいと考えていますから」

 そうして夏美に視線を投げかけて微笑む沙穂の姿に、今度は浩輔が赤くなる。

「私を助けてくださった方が幸せそうにしており安心しました」

 沙穂が恥ずかしげもなく告げた言葉に、浩輔は咳払いして顔を背けた。心配になって夏美が覗き込めば、耳からうなじまで真っ赤になっており、それが酒が入っただけではないことがわかる。

「……その、うん、夏美さんは君から見ても素敵な女性だろう?」

 浩輔は済ました顔に戻るが、耳がまだ赤い。その様子から自分がどれだけ想われているか自覚し、今度は夏美の頬が赤くなる。

「そろそろいい時間ですし、お会計にしましょうか」

「それじゃあ、支払いは……」

「私がします。この間のお礼がしたいので」

 サッと伝票を手に取った沙穂は、そのまま会計を済ませてしまう。アルコールが入り陽気になっていた頭でも学生に奢られたのは罪悪感があるのか、浩輔は気まずそうな顔をしていた。

「どうかお気になさらないでください。これでも、アルバイトでかなり稼いでいますから」

 可憐な微笑みではあるものの、その裏には有無を言わさない圧が込められている。その様子に、おそらくは何か思惑があって接触を図ってきたのだろうと夏美は見当をつけた。


「浩輔さん、私と稲置さんは同じ方向なのでここまでで失礼します」

「うん。じゃあまた明日」

 電車の路線の都合で浩輔と別れ、夏美は沙穂と共に駅から降りて夜道を歩いていた。

「今夜はどうして私のところに来たんです?」

 隣を歩く少女に言葉を投げかける。夜道では彼女の白髪しろかみは光を反射して自ら発光しているようだった。

「どうしても確認したいことがありまして、失礼ながら須原様を見極めさせていただきました」

 恋人がどうしたのか、疑問に思いながらも夏美は彼女の言葉を待つ。

「今バメイがかつて越智様の上司であった清水修を調べております。事情を伺うに、関連がある可能性が浮上しておりましたので」

「それで……どうだったんです?」

 沙穂と目が合う。女性の中でも小柄な彼女に見上げられるのは、他の人にはない謎の緊張感がある。

「……須原様は今回の事件とは関係ありません。ですが、落ち着くまでは下手に犯人を刺激する要素を排除した方がいいでしょう。何者なのかはっきりと判明していないうちは、須原様との距離を今のまま保ってください」

 豊かな色彩を内包したセレンディバイトの虹彩に、夏美は何も言えないまま目を逸らすことしかできなかった。

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