第五話 呪いの行方
そのアパートは閑静な住宅街の一角にあった。昔ながらの家が立ち並ぶ下町といった様相に、平日の昼間の静けさが本能的な懐かしさを彷彿とさせる。
バメイはそんな住宅街の一角に訪れていた。気楽なパーカー姿ではなく、黒いスラックスに白いワイシャツ、その上には淡いクリーム色のジャケットを羽織っている。
帽子もいつもの青いベースボールキャップなどではなく、色の違う茶色のキャスケットを目深に被っていた。
「はい、どなた?」
玄関の呼び鈴が鳴らされ、出てきたのはおおよそ50代くらいだろうか。贅肉が乗り始めた年頃で、老いを化粧では誤魔化しきれなくなったそばかすの頬の女性だ。
くるくるとうねり細く硬そうな髪を一つに束ねたその女性は、玄関を開いて視界に入ったバメイの姿に思わず頬を赤らめた。
「申し訳ありません。こちらに入居されていた
「ええと……」
「申し遅れました、新聞記者の
そうしてジャケットの内側から取り出したのは、吊り下げ式名札に入った社員証だった。
「ちょうど名刺を切らしてしまってお渡しすることができませんが……」
背中を丸めたバメイは、小柄な目の前の女性に視線を合わせる。その仕草にぽっと頬が余計に赤くなった女性は、サッと視線を逸らして自分の頬に手を当てた。
女性の反応にも慣れた様子で、バメイはあっという間に社員証をまた懐に戻す。穴だらけの偽装した社員証でも自分の生まれ持った武器を使えば、微笑みで誤魔化せばどうにでもなることを知っている。
「お話と言っても、警察に話したことと同じものしかできませんが……」
「構いません」
そうして玄関先でバメイが聞いたのは、清水がこの女性が経営するアパートの一室で亡くなっていたことだった。死後一ヶ月近くが経過した状態で、まだ暑さの残る季節だったため腐敗が酷かったこと。原因は病死であることが分かっているだけだった。
「そのお部屋を実際に見させていただくことって可能ですか?」
背中を丸め、肩を落とし、眉尻を下げて少し力を入れた笑顔を見せれば、相手は勝手に何かを納得してくれる。バメイが長く生きている人生で最初に学んだ処世術であった。
「あの後警察の方が色々回収したので何か残っているとは思いませんが……」
「全然構いません!」
そうして語気を少しだけ強めた言葉で詰めれば、大家の女性は仕方ないといった風情で鍵を貸してくれた。
「一応物件として貸し出しするものなので、汚さないでください」
一応という言葉のあたり、事故物件として噂が流れているために借り手がつかないのだろう。そうして渡してくれた鍵を使って中に入ると、大家の言葉通りめぼしいものは何も残っていなかった。
長らくゴミ屋敷状態だったためにカビが散見されるものと、居間の中央、畳が変色している。形からして、腐敗した清水の遺体が長く倒れていた箇所だとバメイは合点がいった。
「特に何も残ってなさそうだな……」
そうしてジャケットのポケットから取り出したスマートフォンで部屋中を撮影していく。撮った写真を確認しても、特別何かが映ることはなかった。
「ここにはもういない……」
するりと変色した部分の畳を撫でる。バメイが撫でた箇所からは、動物の毛が逆立つようにして黒いもやが染み出して消えていった。
「生霊……ではないな」
そうして立ち上がると、足早に部屋を出て鍵を大家に返す。また眉尻を下げて微笑めば、大家の女性は頑張ってねと言葉をかけてくれた。
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