第三話 最低の男
「くそ、あの女が余計なことを……!」
清水は昼間からワンカップの酒を煽り、畳六畳ほどの狭い一室で管を巻いていた。限界まで膨らんだゴミ袋が外まで溢れそうな中、据えた臭いが部屋に充満している。
「出世街道を渡っていた俺が、わざわざ目にかけてやったってのに、恩を仇で返しやがって!」
懸想していた女性には好きな人がおり、清水の好意に応えることはなかった。果てには清水の行いを白日の元に晒し、清水の人生を全て狂わせたのだ。
「親戚の連中も、俺が大学を卒業して就職した途端ゴマ擦って来たのに縁を切った!挙げ句の果てには『自業自得』だぁ!?」
ダンッとワンカップのグラスをちゃぶ台に叩きつけ、晴れない鬱憤を喚き散らす。本来なら、防音設備の効いたマンションで優雅に高い酒の瓶を開けていただろう。しかし、今の彼は比べるべくもない低い水準の生活を送っている。
「噂じゃ彼氏ができたってなぁ?俺をこんなところに追いやっておいていい身分だなぁ?」
清水が気付く事はなかったが、黒いモヤのようなものが部屋に漂い始めていた。それらはとぐろを巻くようにして男を包む。酒気を漂わせていた呼吸は荒くなり、濁った双眸は血走っていく。下瞼がピクピクと痙攣し、やがて部屋にいる男は見るからに正気を失っているように変貌していった。
「そうか、あいつは俺を独占したかったんだ。だから俺を会社から追い出して、彼氏と付き合ってるフリをしてやがる……
待ってろ……今から迎えに行ってやる……」
やがて男の姿すら見えなくなるほど黒いモヤは部屋に満ち、辺りには尋常ではない気配が漂う。
やがて黒いモヤは消えていき、背筋を凍らすような気配も消えていった。
「清水さーん?家賃滞納してますよー?いい加減払ってくださーい!」
ドンドンとアパートの薄いドアが叩かれる。今年で50半ばを過ぎるであろう大家の女性は、日頃から素行が悪いとアパートの住民から訴えがあった清水の部屋を尋ねた。ゴミ出しのルールから騒音まで、近隣に迷惑がかかっているのを清水に注意できるのは彼女だけだったからである。
「全く……最近やけに静かになったと思った矢先に家賃滞納は何ですか……」
この一ヶ月で清水が騒ぎを起こすことは無くなったが、静かになったらなったで気味が悪いと住民から声が上がった。何をしても迷惑しかかけないのかと思ったが、清水という男は家賃や光熱費の滞納だけはしなかった。
それを不審に思った大家は、滅多に姿を見なくなったのもあり清水の様子を見ることにした。しかしいくら声をかけても返事はなく、仕方なしに管理している合鍵で清水の部屋の扉を開ける。
「うわ、臭い……また生ごみを出さなかったね……」
部屋の中は腐敗臭で満ち、その臭気に顔を
「清水さん!?大丈夫で……あ、」
暑さが猛威を振るう平日秋の昼下がり、閑静な住宅街に女性の叫び声が響き渡った。
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