第七話 神隠しの真相

 陽奈が目を覚ますと、そこは病院だった。夕方生徒が帰ったのを見送った当直の教員が、宿直室の前で倒れていたところを発見し、救急車で運ばれたのだという。病室では陽奈の両親が心配そうに覗き込んでおり、目を覚ました陽奈を見て安心したように胸を撫で下ろしていた。

「心配したのよ。体調が悪いなら先に言いなさい」

 母が優しく叱り、りんごを切って食べさせてくれる。それを受け取り優しくみずみずしい甘さの果実を堪能すると、ドアをノックする音が聞こえ、白衣を着た初老の男性が入ってくる。首から下げた名札に、この病院で従事する医師であるとそのまま迎え入れた。

「目が覚めたようでよかった。陽奈さん、一晩だけ念の為にここで泊まって、明日退院できますからね。体調が良ければすぐにでも学校に行って大丈夫ですから」

 目尻に笑い皺のできた柔和な顔の医師は、そのまま陽奈の手首で脈を測ると、問題なしと言い残して病室を後にした。

「お父さんとお母さんも、面会時間が終わるからこのまま帰るわ。明日の朝、迎えにくるからね」

「しっかり休めよ」

 両親は陽奈の頭を撫でると、病室を後にした。二人の背中を見送りながら、学校で意識を失う前の出来事を思い出す。

「あれは、夢……?」

「現実ですよ。夢と思って忘れても構いませんが」

 突然の柔らかな少女の声に驚くと、窓際に佇む白髪しろかみの少女、沙穂がいた。その傍らに付き添うようにバメイも立っている。

「依頼はこれにて完了いたしました。後日報酬を受け取りますが、その前にお伝えすることがあったので夜分遅くですがこちらへ参りました」

 あの時ハンカチを握らせてくれた時と同じ微笑みで、沙穂は口を開く。

「この度はご依頼内容の『姉君の捜索』が果たせなかったことをお詫びいたします」

「い、いえ。……実は、姉に襲われていた時気付いていたんです。私に本当は姉はいないんだって」

「そうですか。……では、今回の事件の真相をお伝えします」


 橘陽奈を襲った怪異の正体は鴉天狗だった。この天狗が『存在しないものを存在すると錯覚した子供』を攫い、次々に食べていたというのが真相だった。

「じゃあ、なんで17歳で攫われるんですか?」

「そうですね、どこから説明しましょうか……橘様は七五三を祝ったことはありますか?」

「え、ええ、はい……」

 突然の脈絡のない質問に、陽奈の頭には疑問符ばかりが浮かぶ。

「子供は七つまで神のもの、という信仰が古くからあります。七五三というのはそういった信仰からくる祝い事ですね。そして、13歳は昔は元服の年齢でした」

 物語を聞かせるような耳障りの良い沙穂の声に、思わず眠ってしまいそうになる。

「子供というのは弱い分、強いものに守られています。あの鴉は力が強くなかったので、完全に神の手から離れる13歳の子供に目をつけていたのでしょう。そして、17という数字は色々意味があるのですが……まあ、迷信程度のものなのであまり気にしなくて大丈夫です。勝手に鴉が意味を見出したようでしたし」

「じゃあ、私は13歳の時に狙われていたってことですか?」

「まあそうですね」

 あまりにも恐ろしい事実を、さも当たり前のように沙穂は語ってしまう。そのあっけらかんとした態度に、異常事態に巻き込まれた後であるというのに陽奈の肩からは力が抜ける。

「これが、神隠しの真相なんですか……」

「はい。そして、脅威は完全に排除いたしました。安心して日常生活に戻って大丈夫です」

 そうしてスラリと背筋を伸ばした少女は深々とお辞儀をする。さらりと揺れて肩から落ちる絹のような髪が、月の光に照らされて輝いているようだった。

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