第八話 神社にて

「今回も収穫は無かったな」

「そう簡単に集まるものではないでしょう。それよりも、今回の報酬はどうだったの」

 人のいない夕方の寂れた神社。石造りの鳥居の前に二人はいた。白髪しらかみの少女は生成りのブラウスに檜皮ひわだ色のスカートではなく、金青こんじょうの糸を麻の葉模様に織り出した紬の着物に銀糸をふんだんに刺繍した唐紅からくれないの帯を締めている。普段下ろしている長い髪は、一分の乱れもない団子姿に纏められていた。

「今回の宝石もハズレだ。それに……」

 そこで褐色の青年の言葉が止まる。その視線の先には、紺色の制服の上に黒いコートを着込んだ少女がいた。

「あ、稲置さん、バメイさん!」

 手を振って駆け寄る少女の鼻は赤く、吐く息は煙のように白く上に昇っていく。雪が降りしきり、あと10分もすれば辺りは暗くなり歩くのも困難になるだろう。

「遅くなりました。あ、今日は着物なんですね」

「はい。これも普段着なので」

「かっこいい……じゃなくて、これ、依頼の報酬です」

 思わず漏れた心の声をなかったことにした陽奈のコートの大きなポケットから出されたのは、手のひらほどの多きさの布に包まれた何かだった。そっと手袋を外した手で布が取り払われて現れたのは、丸い球体に綺麗に磨き上げられた瑪瑙だった。

「曽祖母から相続したものなんですが、これをお渡しします」

「依頼の報酬で見せてもらったものですね。確かに受け取りました」

 陽奈の手から沙穂の手に渡った瑪瑙は、白と黒の歪な円を描いている。そんな不完全とも言える宝石も、神秘的な美しさを内包した少女の手にあるとまるで絵画の一部のようにさえ見えてくる。

「それでは、私たちはこれにてお暇いたします」

 沙穂はそう言うと、バメイに瑪瑙を渡す。その瑪瑙は柔らかい布に丁寧に包まれてバメイの大きなショルダーバッグの中へと仕舞われた。そのままバメイはバッグの中からショールを取り出し、沙穂の肩へと羽織らせる。

 そうして二人は陽奈が来た道とは反対方向に歩いていく。ふわりと舞う雪に紛れて姿が見えなくなるまで、少女は二人を見送った。



「今回は山の主の大天狗に会えて良かったな」

「そうね」

 県を跨いで移動する新幹線の中で、着物姿の少女は肘をついて外を眺めていた。瞼の半分が落ちている様子に、見るからに眠そうにしている。

「あの天狗はと関わっていたのだろうな。大天狗の一番弟子が一夜にして豹変したって話なら、そんな芸当ができるのは一人ぐらいしか思い当たらない」

 車内販売の女性が商品を積んだカートを押しながら通路を歩く。バメイはそこでコーヒーを二つ買うと、一つは沙穂のテーブルに置いた。

「今回も、情報と宝石はハズレだ。それに、まだお前は修行が足りない」

「……私はお父様やお婆様のような力はないの。だから、これ以上はきっと無駄よ」

 湯気が昇るコーヒーを一口啜ると、沙穂はシートを倒して完全に目を閉じてしまう。その様子を見守ったバメイは、膝掛けにしているコートのポケットから読みかけの栞を挟んだ本を取り出して読み始めた。

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