第一部

第一章 神隠し

第一話 雨の日の噂

「ねえ、あの噂聞いた?」

 クラスメイトがヒソヒソと教室の隅で話している。雨の日のじっとりとした空気では明るい話題よりも薄暗い話題が盛り上がるようで、噂好きな女子達の声が、ざあざあとした雑音も相まっていつもより鮮明に聞こえる。

「あれでしょ、宝石一つあれば事件を解決してくれるっていうオカルトでしょ?この前ネットで見た〜」

 その言葉に、少女の心臓が跳ね上がる。

「ね、ねえ。その……」

「何?橘さん」

「その噂、もう少し詳しく教えてくれる?」

 学校の校則を無視した明るい髪の女子に、勇気を振り絞って彼女は声をかけた。湿気でうねる髪を後ろで一つに束ねただけの、眉毛も整えていない丸メガネの野暮ったさが色濃い風貌。たちばな陽奈ひなは一冊の本を抱えて背中を丸めながら震える声を出した。

「いいよ、教えてあげる」



 その探偵事務所が、どこにあるのか誰も知らない。夜明け前に依頼内容を書いた紙を結びつけた枝を川に流すだけで、探偵は依頼主の元へと訪れるという。

「依頼をする本人がやらないと来ないんだって」

 その助言の通りに、陽奈は時計の短針が4の数字を指す頃に家を出た。畑だらけの平野にポツンとできただけの田舎町には、畑作業で朝早く起きる近所の人がぽつりといるだけで誰もいない。この時間に出歩くのも、早朝の散歩と言い訳ができた。

 そうして町から離れ、少し歩いた先に川があった。向こう岸までは10メートルあろう川で、流れが早いため遊泳が禁止されている。地元の悪ガキと呼ばれる子供達が時々遊んで怒られていたのを、懐かしむような場所であった。

「本当に、これで来てくれるのかな」

 依頼を出すための準備は全てできている。あとは朝日が昇る前に枝を流すだけである。

「……えい!」

 いっそのこと、と覚悟を決めた陽菜は枝を川に向かって投げた。力なく宙を舞う枝は、ヘロヘロと奇妙な軌道を描いたまま、ポチャッと間抜けな音と共に姿が見えなくなった。

「ご依頼、承りました」

 どこからともなく声が聞こえる。幼いような、それでいて老齢のような、そんなアンバランスで奇妙な声が確かに耳に響いたのだ。それに驚いた陽奈は後ろを振り返るが誰もいない。辺りを見渡しても、人影などは何もなかった。

「……なんだったんだろう」

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