石一つで事件を解決します、稲置探偵事務所です。

佐藤吟

プロローグ

「あなたの宝石で、怪奇な事件を解決いたします」


 白髪しらかみの少女が言う。


「市場での価値は問いません」


 生成りのブラウスに檜皮ひわだ色のスカートで作られたワンピース、黒いレースで飾られたショールは、人形の如き彼女の異質さを際立てる。


「どうかお困りのことがございましたら、紙にしたため枝に結び、川へお流しください」


 雪のような透き通る肌に血色が無ければ、多くの人は彼女を幽霊だと思ってしまうだろう。感情のない彼女の顔に見えないはずの悲壮を見出してしまう、そんな美貌を彼女は持っていた。


わたくしの名は稲置いなぎ沙穂さほでございます。助手のバメイと共に稲置いなぎ探偵事務所を営んでおります。どうかお困りのことがございましたら、わたくし達を御用命ください」


 そうしてゆるりとこうべが下げられ、銀糸の髪がさらりと音を立てて彼女の肩から流れていった。





 __夢を見た。これはあの日誓いを立て、居場所を捨てた少女の夢。血に塗れた記憶と、その中心で泣くことすらできずに佇む少女の記憶。

 艶やかな黒髪も、雪のような肌も、人だったものから飛び散った液体で曇っていく。

 ただただ惨状を眺めるだけの少女に伸びる手があった。少女がその手に気付くと、その手を掴み、掴んだ手と共に暗闇に進んでいく。

 彼女が掴んだ手の主が問う。

「何を為したい」

 少女は真っ直ぐと手の主に向かい答える。

「復讐をしたい」

 少女の迷いのない答えに手の主は納得したかのように、顔に掛かる髪をするりと避けて少女の頬を撫でた。

「お前がそれを望むなら、俺はいくらでも力を貸そう。ただし、その望みが叶えられた時、お前は人の道を外れることになる。

それでも、やりたいか?」

 その問いに少女は強く頷いた。

「それでも、私はやりたい。戻ることができないから、進む先を選びたい」





 長い夢だった。鬱蒼と生い茂る森の中に青年はいた。傷だらけの体は化膿し、病に侵された内臓は悲鳴をあげる。誰もが称えた美貌は見る影もなく、美しいものを映していた宝石のような瞳は白く濁っている。

「……ぁ、」

 もはや思考のできない青年のひび割れた唇からは、意味のない音が漏れるだけである。化膿した傷をうじが食い荒らす痛み、侵された内臓から全身に病毒が廻る痛み、視力を失った視界では青年は自分を顧みることすらできない。

「ぅ、ぁ……」

 永遠に思える呪いだった。苦しみの中死ぬことも許されず、ただそこにあるだけで償う罰。

「……る、……だな…………」

 とうの昔に肺は病によって潰れ、呼吸をするだけで喉が焼かれる痛みを伴う。それでも、自分を忘れ、全てを忘れた青年は同じ単語だけを繰り返す。その単語が音にならずとも、意味を忘れようと、青年は繰り返した。


 青年の視界には愛すべき者達がいる。子供を慈しむ親と、さらにその親子を慈しむ祖母。これが夢なのか、それとも自分を侵す呪いが夢なのか、青年に判別はつかない。

 とうに狂っていた。呪いを受けるだけの罪を犯した。人の道などとうの昔に踏み外していた。

 しかし青年はそれを悔いたことはない。


 罪の根源には呪いを受けて尚曇らない愛があったから。


 青年は宝石を求める。世界で唯一無二、何人も触れることが叶わぬ尊い宝石を。それこそは我が子を慈しむ愛であり、覇者の象徴であり、罰の証である。

 だからこそ青年は宝石を求めた。その手に収めるために。





 これは、秘密を抱えた少女と青年が進む先の物語。復讐を誓った少女と、宝石を求める青年の探究譚である。

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