第9話 笠やん
平成三年、笠置山が青紅葉で覆われる頃、笠置寺には多くの観光客が押し寄せていた。
この年の一月から放送された南北朝時代のテレビドラマが人気を集め、放送終了時に紹介されるゆかりの地で笠置が紹介されたことがきっかけとなり、全国各地から人がやってきたのである。
「ここんとこ、何だか落ち着かないねぇ。一体どうしたんだい、こんなに人が集まってくるなんて。」
慈影の住む庵の窓から外を眺めながら古ノ森は眉をひそめている。
「オマエはまだいいさ。俺なんかおちおち寝てもいられないんだぜ。朝夕関係なく寺のあちこちに人がいるんだぞ、まったく落ち着けやしない。」
烏羽玉はそう言ってゴロンとその場に寝転がった。
「ハッハッハッ、まあそう言うでない。寺としてはとても有難いことなんじゃ。京都や奈良に近いとはいえ、中々、此の寺を訪れる人は少ない。じゃがテレビというものの影響は大きい。何をせずとも勝手に観光客が来るようになったんじゃからのう。元弘の乱とはほれ、お主らには懐かしい話ではないのか?」
齢九十を超え、庵から出る事も少なくなったとはいえ、まだ生気の宿る老僧は妖達に
向かってそう言うと
「烏羽玉などはその目で笠置山の戦を見たのではないか?」
と、問いかける。
「俺はその時、姫と一緒に伊勢に行った帰りだったんだ。だから戦自体は見ては
いないんだよ。」
ふと何かを思い出したように遠くを見ながら答える。姫とは烏羽玉の飼い主であった
恋志姫の事である。現在は笠置町の隣、南山城村の南大河原という地に恋志谷(こいしたに)神社があり、そこに祀られている。元々は古森近くに祀られていたが、元治元年(西暦一八六四年)に移転、その後は病気治癒の信仰、近年は恋愛成就のご利益があるとして訪れる人も多い。
「俺が見たのは戦の後の焼けたお寺と弥勒様だったんだよ。」
「そうだったねぇ。何もかもが焼けちまって。
おまけに野犬に襲われて喰われそうになってる仔猫もいたしねぇ。」
「うるさい!そこは関係ないとこだ。」
ケタケタと笑う古ノ森に烏羽玉は枕にしていた座布団を投げつけた。
「今年はその元弘の乱から六六〇年の節目の年じゃ。何とも良いタイミングじゃな。」
和やかに過ごしていた庵に誰かが近づく気配がすると、烏羽玉と古ノ森はサッと物陰に隠れた。
「おじい様、よろしいですか?」
外から声がかかる。
「おお、よいぞ。どうした?」
「すみません、明がこちらへ行くといって訊かないもので。」
そう言って戸を開けたのは孫の嫁、明の母親である。
「そうかそうか、構わんぞ。どうれ、ひいじいが遊んでやろうかの。寺も忙しいじゃろう、しばらくの間おいてゆくがよい。後で連れてゆくわい。」
「すみません、それではお願いします。」
そう言うと身重な体でフウフウと言いながら庫裡に戻っていった。
「もうよいぞ。」
慈影はそう声を掛けると、二匹は元の部屋に現れた。
「ニャーニャーとコンコン!」
明は二匹を見るなり触ろうと近づいてきた。
「すっかり慣れたな。コラ、尻尾を引っ張るな。」
近頃は二匹と会うことが増えて、それを楽しみに庵に来たがるらしい。
「ねぇ。アタシ達の事、どこまでわかってるんだろうね。」
烏羽玉に逃げられた明を尻尾であしらいながら古ノ森が言う。
「ホッホ、まだ解ってはおるまいて。今は良い玩具ぐらいのもんかの。あと少ししたら話せるようになる。もう少しじゃ。」
曾祖父と同じく、左手にアザを持つこの子は、妖を見ることが出来、妖と話せる事が出来る稀有な存在なのである。最近、多くの言葉を覚え始め知能が発達してきている。すると、
「かさにゃん!」
と叫ぶと窓の外を指さした。
庵から見える参道を一匹の猫が歩いている。
そして、その後を数人の観光客がついて歩いている。明が見つけたのは例の野良猫で、最近では『笠やん』と呼ばれて猫好きの間で話題になっているらしい。
「あやつも近頃ではお寺の名物になりつつある。修行場の霊場巡りを案内する猫が居ると、話題になっておるそうじゃ。あれに会いにわざわざ訪れる観光客も増えてきたそうじゃ。」
「へぇ~。物好きがいるんだねぇ。ちょっと烏羽玉、アンタあの野良猫に母屋とられちまうんじゃないかい?あっちは稼いでくれるしねぇ。」
からかう古ノ森を睨み付け、
「馬鹿言ってんじゃねえよ!あれがのんびりと歩いてられるのは俺が此処に棲んでるからだよ!他の生き物が近づかないから、ああやっていられるのさ。」
「未だに烏羽玉に気づかんらしいのう。」
老僧は笑いながらそう言った。
「本当に気づきゃしないんだよ、あいつ。この前なんか俺が“ゆるぎ石”の上で昼寝してたら登ってきたから(気づくか?)そう思ってると、まったく気付かずそのまま二の丸跡の方へ行っちまったんだよ。」
烏羽玉の言うゆるぎ石とは山内の霊場巡りのルートにある重さ数トンはあろう石で、向かって右端のあたりを押すとゴトゴトと揺れる事からその名がついている。この石はかつて元弘の乱の折に、天皇方が下から攻めてくる幕府方に落した石の残りだと言われている。
「あんなに気づかないのは逆に不思議だよ。」
「人に慣れておるので、元は飼い猫だったのやも知れんのう。人だけでなく野生動物以外は同じ様に妖の存在に無頓着になってしまったんじゃろうな。」
「あり得るかもしれないねぇ。近頃じゃあ妖自体、めっきり見かけなくなったからねぇ。」
元々、妖同士が出会うことも珍しく、長生きな妖達は出会ったことを忘れてしまう事も多々ある事だ。この場所に二匹の妖が居ることが珍しいことなのである。にもかかわらず、あの野良猫は全くその存在に気付かないのだ。
「ねぇねぇ、一度声をかけてみないかい?どんな反応をするか、面白そうじゃない?」
いたずら好きな狐らしく、古ノ森はそう言って烏羽玉をそそのかす。
「確かに面白そうだな。やってみるか。」
いつもは諌める事の多い烏羽玉だが、珍しく今回は妙に乗り気である。
「よし、今度人気の無い時にやろう。」
「そう来なくっちゃ!」
二匹の悪だくみを聞いて慈影は
「あまり驚かせるでないぞ。ほどほどにな。」
曾孫を膝に載せ、たまには二匹のガス抜きになればと目をつぶるのであった。
それから数日後、二匹は揃って笠やんが現れるのを待っていた。そこは霊場巡りの中程にある“平等(びょうどう)石(いし)”で古くは行道(ぎょうどう)石(いし)と呼ばれた修行に使われた巨石である。石の割れ目をくぐり抜けて周りを歩く事が出来た。その足元は断崖絶壁になっており、現在は危険なため周囲を歩くことは出来ない。十一月から三月にかけての早朝には眼下に雲海がかかり、素晴らしい絶景を楽しめる。
「ここなら万一、人が来ても裏に隠れられるから都合がいい。」
「で、一体いつ来るんだい?もう随分と待ってるよ。今日は来ないんじゃない?」
待ちくたびれたのか、半分諦め気分の古ノ森に
「いや、もう少ししたら来るさ。何故かあいつは熱心にここを歩き回るんだよ。」
烏羽玉はそう言い切る。
「修行でもしてるつもりかい?何の為に?」
「そこんとこも、聞いてみないと分からないな。自分の縄張りだと思って見回ってる
だけかもしれないし。オッ、来た!」
二匹が話し込んでいると、下からトコトコと野良猫笠やんがやって来た。烏羽玉達は
通路の脇の石の上に座り、歩いてきた笠やんに声をかける。
「オイ、毎日精がでるな。」
一瞬、立ち止まった笠やんだが、何もなかったように歩き出そうとしている。
「オイ!待てって!オーイッ!」
呼びかける烏羽玉の声は届いていないらしくそのまま進んで行く。二匹は慌てて石の上を飛び越え、割れ目の通路の先に回り込んだ。
「本当に気づかないんだねぇ。次はアタシが。」
「ちょいと、あんた笠やんって言われてるんだろ?アタシ達の声が聞こえてるかい?」
古ノ森が代わって話しかけるもやはり、
「・・・ダメだね、全く聞こえてないわ。」
スタスタと歩いて行く野良猫の後ろ姿を見送りながら二匹は呆然とし、
「何なんだあいつは・・・」
烏羽玉はそう呟く。
「ふーん、そういう事かい。なら一からやり直しだね、ちょいと作戦変更よ」
妖としてのプライドが許さないのか、なぜか闘志を燃やす古ノ森は、烏羽玉に向き合うと
「一旦、戻るわよ!絶対に気づかせてやる」
鼻息も荒く、庵に向かって駆け出した。慈影の庵に戻るとすぐに
「いい、あいつはアタシ達の姿がまるで見えていないし、声も聞えていない。でも、人の声なら聞こえるし、見えるはず。だから今度は人に化けて近づいてみるのはどう?」
と古ノ森は次の手を思いついたようだ。
「だけど、人になっても俺達は妖だぞ。上手くいくのかな?同じように見えないんじゃないか?」
烏羽玉は半信半疑でいる。
「馬鹿だねアンタ。いいかい、アタシらが人に化けるのは人と話す為さ。だから見えるんだよ、人にも。てことは猫にも見えるはずさ。」
流石は人に化けるのが得意な妖狐である。理由がもっともらしい。
「なるほど。たまには的を射た事を言うな。」
「たまにとはなによ、たまにとは。」
烏羽玉にからかわれながらも、自信ありげな古ノ森は
「これなら上手くいくはずよ。そうと決まれば早速。」
その場でくるっととんぼ返りをすると、女性の姿になってみせる。
「アンタも早くしなって。」
言われた烏羽玉も同じ様にくるっと飛び人の姿になる。
「よし、行くわよ。」
再戦に燃える古ノ森は勢い良く庵を飛び出した。
「で、アイツが今、何処にいるのか分かってるのか?」
「・・・分かんない。」
「はア~、ついて来いよ」
あきれ顔の烏羽玉に連れられて二匹、否二人は大師堂の下の石段を上り、もみじ公園へと向かった。
もみじ公園は、元弘の乱で焼失した宝蔵坊という建物があった場所で、後醍醐天皇行在六百年を記念して約八十本のもみじが植樹された谷底地形にある広場で、紅葉が進むと一面が見事に紅く染まり、知る人ぞ知る紅葉の名所なのだ。
昭和の頃には沢山の小学生が遠足に来て、ここでお弁当を食べていたものである。
その公園を見下ろす位置に霊場巡りの終点があり、烏羽玉達が来た道を戻れば山内を一周することになる。今、二人が居るところは終点から少し進んだ長い石段の下。
この石段を登れば後醍醐天皇行在所に行き着く。
「そんなに時間が経って無い筈だ。もうすぐここを通るのは間違いない。」
烏羽玉はそう言って道の先を見つめている。すると
「来たぞ!」
向こうから笠やんがやってくるのが見える。
「先ずアタシが声をかけるわね、女の人の方が安心するだろうから。」
「ああ、わかった」
観光客を装いながら足元まできた相手に声をかける。
「あなたが笠やん?」
「そうだよ」
意外とあっさりと答えが返ってくる。周りから見ればニャーと鳴いただけなのだが、言葉は通じたようだ。
「そうなんだ、ここにずっと棲んでるの?」
「違うよ、少し前にこのお寺に来たんだ。」
「そう、じゃあ何処からきたの?」
「前はね、人間が沢山住む街の・・・あれ?なんで僕の言葉がわかるの!人間なのに!」
どうやらやっと気づいたようだ。
「実はな、俺達は人間じゃないんだ。」
「わっ!こっちも」
驚いて背中の毛が立っている。なんだか今にも逃げだしそうな雰囲気なので
「逃げなくてもいいぞ、別に取って喰おうとは思ってないから。」
「アタシらあなたにちょっと興味があってね、色々話を聞けたらなぁってね。」
おどおどしだした相手を怖がらせまいと、なるべく優しく声をかける。
「アタシ達はね、この辺りに昔から棲んでる妖なんだよ。わかるかい、妖って。妖怪のことだよ。」
「え、ようかい?」
さっきとは違った意味で驚いた笠やんに
「そうさ、妖怪なんだよ。だから人に化けることが出来るのさ。お前がここにやって来た日からずっと見てはいたんだが、一向に気が付かないからこうやって人になりすまして声をかけたのさ。」
烏羽玉は声をかけた理由を話すが、相手はまだ落ち着かない様子で
「よ、妖怪さんがぼ、僕に何の用ですか!」
笠やんは震えながら聞き直す。妖怪が怖い存在だとの認識はあるようだ。
「大丈夫だから落ち着けって。さっきも言ったように何もしねえから。此処だと目立つから上に言って少し話をしようぜ。な、」
そう言って石段の上を指さす。
「その言い方だとなんだか攫われちまいそうじゃあないか。」
烏羽玉を𠮟るように言いながら、笠やんには優しく
「本当に何もしないからさ、ちょっと話そうよ。」
ニコニコと微笑みながら誘っている。
「は、はい。」
納得したのかはわからないが、何とか話をする気にはなってくれたようだ。二人について石段を上がりきると、石柱で囲われた場所に着く。その内側がかつての皇宮跡とされているが、実際に後醍醐天皇が当時、何処に居られたかは定かではない。ここは近年に整備されたものである。
「さっきも話した通り、俺達は妖で、俺の名は烏羽玉、猫又だ。」
「アタシは妖狐・古ノ森、よろしくね。」
「僕は、今は笠やんと呼ばれています。只の猫です。」
とそれぞれ自己紹介が終わり、あらためてこれまでのいきさつを説明すると
「そうだったんですか、全然気が付かなかったです。」
「すみません、烏羽玉さんの縄張りに勝手に入ってしまって。」
そう言った笠やんは小さく身を縮めている。
「良いって良いって。どうせ何ってしてやしないんだから。」
「なんでおまえが返事してるんだよ。まあ、別に俺は構わないけどさ、気になるのはなんで此処に来たのかって事と、毎日精だして行場を歩いてるかって事だよ。」
烏羽玉は古ノ森を小突きながら聞いた。
「それはですね、元々僕は人と暮らしてたんです。家で飼われていたのではありませんが、餌をくれてお世話してくれる人達に育てられたんです。周りにも沢山の猫がいました。」
やっと落ち着いたのか笠やんは、自分の生い立ちを話しはじめた。
「ところがある時から、知り合いの猫達がいなくなりだして変だなと思っていたら、
どうやらみんな捕まっていたんですよ、ある人間に。」
「え、何故なんだい?」
古ノ森は驚いて聞き直している。
「よくは判らないんですが、その人は猫が嫌いらしく、野良猫に餌をあげている人達の事も良く思っていなかったようなんです。で、僕も檻にぶら下がっていた餌につられて捕まってしまったんです。」
(何で、周りが捕まってるのに罠に引っ掛かるんだよ)
そう思った烏羽玉だが、
「それで、どうなったんだ?」
と、話の続きを促した。
「はい、気が付けば檻に袋を被せられて車に載せられ、このお寺の近くの山で、檻の扉を開けられたので、慌てて飛び出して逃げたんです。」
どうやら保健所行きは免れたものの、見知らぬ山に捨てられたようだ。役所の人間ではなく、一般人が近所の野良猫に困っておこした行動にもとれなくはない。
命拾いをしたことは確かである。
「それでこのお寺を見つけて来たのかい?」
「ええ、でもしばらくは山の中をウロウロしていて、偶然に此処についたんです。
でもお腹が空いて歩けずに山門の脇で蹲ってたんです。そしたら、たまたま観光客の
おじさんが自分のお弁当を食べさせてくれたんですよ。美味しかったなぁ。」
思い出すように、ペロッと舌なめずりをする笠やんは続けて
「それで、ここに居ればご飯にありつけるだろうと思ってお寺に来る人におねだりを
することにしたんですよ。」
得意げに話す野良猫を見て、
(こいつは食うことしか頭にないのか?)
(多分、そうだね。)
二人は顔を見合わせてうなづいた。
「よく解ったよ。で、行場をいつも歩いて周ってるのは何故なんだ?」
気を取り直して聞くと
「それは・・・」
なぜか口ごもる笠やん。
「言いにくいことかい?アタシらに話すのはイヤかい?」
古ノ森はそう聞いた。
「そうじゃなくて、その・・・」
「なんだい、気になるじゃないか。」
「笑わないでくださいよ。」
「笑いやしねえよ。」
すると
「実は、ここで修行すると凄い力が身につくかと思って。」
恥ずかしそうに言う笠やんに
「凄い力ってなんだよ?」
思ってもみなかった回答に烏羽玉が聞き返す。
「ある観光客の人が言ってたんですよ。日本には昔から言い伝えがあって、猫が妖怪になると凄い力を持つんだよって。」
「へっ?」
「なっ!」
二人は同時に驚いた声を出し、再び顔を見合わせた。なんと、妖を見ることが出来ない只の猫が、言い伝えを信じ、妖怪になる事を夢見ているというのだ。思わぬ事にしばらく黙ったままの二人だったが、
「その話、本当に信じているのか?修行をすれば妖怪になれると思ってるのか?」
「あんた自身は何か思い当たる節はあるのかい?例えば・・・不思議な体験をしたとか、金縛りにあうとかさ?」
矢継ぎ早に質問を投げかけている。当の笠やんはちょっと小首を傾げると
「いやぁ、特に不思議な体験も金縛りにもあってないですね。でも、修行をすれば何とかなるんじゃないかと思ってます!時間は充分ありますから毎日歩いてるんです!」
変な自信だけは人一倍強いようだ。
「ププッ」
古ノ森は思わず吹き出していた。
「あーもう、笑わないって言ったじゃないですか!」
「ゴメンゴメン、つい思い出しちゃって。昔、そんな仔猫がいたなぁってね。」
チラッと横を向くと、ムスッとした烏羽玉の顔がそこにあった。
「ええー!そうなんですか! それで、その仔猫は妖怪に成れたんですか?
教えてください!」
笠やんは急に目を輝かせ、飛びつくように聞いてくる。
「そうだねぇ。本人に直接聞いた方が早いかもよ。フフフ。」
「余計な事を云うんじゃねえよ。その気になったらどうするんだよ!」
古ノ森の無責任な言いように怒ったのか、黒目が細くなっている。
「駄目じゃないか、バレちまうよ。ハハッ」
吞気に笑い出した相方を放っておいて
「あのな、そんな話は眉唾だ。御伽話だよ。」
話を終わらせようとする烏羽玉に
「もしかして、烏羽玉さんの事なんですかその仔猫って!そうなんですね!凄いや、
一体どうやったんですか?やっぱりここで修行したんですか?教えてください!」
どうやらそう言う事には敏感らしく、烏羽玉がその仔猫であることを確信したようだ。
「観念おしよ、もうバレちまったよ。」
他人事だと楽しそうな古ノ森を睨みつつ
「ったく、いいか、よく聞くんだ。妖にはそう簡単にはなれない。そんなことは稀なんだよ、いくら望んでも自分ではどうすることも出来ない事なんだよ。」
冷静に説得するつもりらしく、烏羽玉にしては珍しく落着いて話している。
「でもでも、成れたんでしょ、烏羽玉さんは。噓じゃないんですよね!だったら可能性はあるじゃないですか!」
確かに目の前には妖に成った者がいる、既成事実がある以上、御伽話などと言って
誤魔化すことは出来ない。
「僕も修行すればなれるかも知れないって事ですよね!よーし、今までよりもっともっと、頑張って修行するぞ!」
「だから話を聞けよ!なれる可能性なんて殆んど無いんだよ!分かったか!」
楽観的な思考の笠やんにイラ立ったのか、いつもの調子に戻っている。
「こらこら、落ち着きなって。ねぇ、そもそも妖になって凄い力を得て何をしようと
思ったんだい?」
烏羽玉をなだめながら古ノ森はそう聞くと
「ん~特には考えてないけど、ただ、僕にも何か出来るようになるんじゃないかと
思って。たとえば周りを幸せにするとか‥」
どうやら妖が何たるかも知らず、漠然とした思いだけでいるようだ。言うなれば人間の子供がテレビの中のヒーローに憧れて、自分は将来ヒーローになるのだと思っているのと同じである。それを聞いて古ノ森は
「そうなのかい、じゃあさ、これからも修行に励みな。夢がかなうかもしれないからさ。」
と、明らかに軽くあしらっている。
「はい、頑張ります!」
「今日、お二人?に会えて妖怪が本当にいるんだと分かって嬉しいです。またお会い
出来ますか?」
「アタシらはこのお寺にしょっちゅう来るから機会があればね。」
その言葉を聞いて
「楽しみにしています。それじゃあ僕、行きます。」
そう言って嬉しそうに石段を駆け下りて行く。それを見送りながら
「知らねえぞ、あんな事言って。」
「だって仕方ないじゃないか。どう話したって諦めやしないよ、あれは。」
「まるで昔の誰かさんみたいにね。」
隣を見てニコニコしている。
「俺とあいつとは違うさ。笠やんはなんてことない只の猫だよ。」
「その事なんだけどねぇ。あの子を見ててふと、納得できたんだよ。」
「何がだ?」
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