第7話 繋がれし役割
「それじゃあみんなでお友達にお礼とさよならの挨拶をしましょう。
ありがとう。また遊ぼうね」
司会者の合図で手を降ったり体を揺らしたりと、それぞれのポーズでご当地
キャラクター達は会場の子供たちにショーの終焉を伝えている。
「今日は沢山の方々に来ていただきましてありがとうございました。これからもこの、可愛いご当地キャラクター達の応援をよろしくお願いします。
それではまたお逢いしましょう。」
エンディング曲が流れる中をそれぞれがステージから楽屋に向けて戻り始める。
「笠やん、恋しちゃん、お疲れ様でした。」
後ろから来た声に振り返った二体に司会の若い女性が近づいてくる。
「戻る前に写真一緒に撮ってもらっていい?」
二体は頷くと、それぞれツーショットと三人?での写真を数枚撮った。
(この娘、ホントにキャラ好きだよなぁ)
笠やんはいつも一緒になると声をかけてくれる彼女を見てそう思った。
(ご当地キャラクターって最初はなんのことやらわかんなかったけど、こうして色々な所に行く度にみんなが喜んででくれるんだとつくづく実感するな。)
そんな事を考えながら笠置に戻ってきたのは、夕暮れ前であった。石段を登った先の山門には『鹿鷺山笠置寺』とある。真言宗智山派の創建一三〇〇年の古刹で、
『天武天皇勅願所』『後醍醐天皇行在所』と書かれた歴史的にも有名なお寺であり、
『案内猫笠やん』がいた場所である。
「うーん、ようやく帰ってきたね。キャライベントは気を使っちゃうよね。」
隣にいる女性はそう言って両手をあげて大きく伸びをした。
「さあて、美味しいご飯をいただきましょうかね。」
一緒にいる男性を尻目にサッサと庫裡に向かっていく。
「やあ、帰ったかい」
と入口前で声をかけられた。そこには一人の若い僧侶が立っており、二人に向かって
ニッコリと笑っている。
「今日はどうだった?失敗せずにちゃんとできたかい?」
と言っている。
「アタシを誰だと思ってるんだい?失敗なんかするはずないじゃないか。誰かさんとは違うわよ。」
女性は胸を張って答えている。
「何言ってるんだ、ステージに出る前はいっつもビビってるくせに。」
と言われた男性が言い返している。
「あれはね、ワクワクしてるのよ!失礼な奴ね。」
そう言って相手に向けて指を指しながら抗議をしている。
「まあ、いつも通りってことだね。さあ、着替えたら晩飯にしようか」
若い僧侶は笑いながら庫裡に入ってゆく。
「オイ影明(えいめい)、今日は何をご馳走してくれるんだ?ただ働きなんだぜこっちは。」
男性は僧侶に向かってなれなれしく話している。
「ここは寺だよ。精進料理に決まっているだろう。」
笑いながら影明と呼ばれた僧侶は早く入れと促している。影明はここ、笠置寺の副住職でご当地キャラクター笠やんの立案者である。年は三十前で、まだ若いが僧侶としては中々のもので、笠置寺の一切の責任を任されている。
そして、二人は副住職の大学時代の友人で、そのつながりで笠置寺に寄宿しており、
ご当地キャラクターの手伝いをしているのである。と、表向きはなっているが、
本当の理由は三人のみが知る秘密であった。
庫裡の窓から夕餉のいい匂いが立ち込めている。中では若い僧と男女2人が食卓を囲んで談笑している。
「今日のあの女の子、可愛いかったよね。『ねえねえ、笠やんと恋しちゃんはいつも一緒にいるの?』だって!確かに一緒にはいるけど腐れ縁だよね、ハハハ」
女性は楽しそうに笑っている。
「そっちが『付き合ってあげるからさ』とか言って纏わりついてきたんじゃないか」
と男性はぶっきらぼうに言い放つ。
「ハァ?しょげかえって落ち込んでたのは何処のどいつだい?慰めてやったことを忘れてもらっちゃ困るね!」
「誰が頼んだかよ、慰めてくれなんて」
にらみ合うように身を乗り出しながら言い合う二人。
「あーもう全くこの坊やはいつまで経っても素直にならないね!」
「誰が坊やだ!一体幾つになったと思ってんだ!歳をとりすぎて呆けてきたんじゃないか?」
「なんだってー!」
夕餉の団欒が一変、何やら不毛な言い争いになっている。それを傍らで見ていた若い僧は
「相変わらず仲がいいなあ二人は」
とニコニコしながら箸を進めている。
「初めて会った日と何も変わらないや。もう二十五年近くになるなぁ、」
「えっ、影明もうそんな歳になったの!」
隣にいる女性は驚いて目を見開いた。
元号が昭和から平成に変ったその年の二月、
笠置寺の住職の家系に男子が生まれた。名前は『明』後の影明である。
元気に産声を上げた赤ん坊はこの時より笠置寺の嫡男として大事に育てられた。
「これで儂も安心して冥土に行けるわい。」
そう言ったのは明の曾祖父でこの年に八十九歳になる僧正・慈影(じえい)である。寺の運営は息子と孫に任せ笠置山にある草庵でのんびりと余生を過ごしている。
「じゃが今少し、この子が言葉を理解するまでは頑張ってみようかのう。」
老僧は小さな左手をとると、その手の甲にあるアザを撫でながらそう言った。
その翌年の夏、笠置寺にどこから来たのか一匹の野良猫がやってきて住み着いた。
茶トラで手足が片方ずつ白い雄猫で僧侶達も追い払うことなく接していたので居心地がよかったものと見える。
「珍しいな。此処には滅多に他の生き物はやってこないんだけどな。」
「やってこないってアンタが追っ払ってたんじゃないの?寝場所を取られると思って。」
「誰がそんなことするか!」
寺の境内をトコトコ歩く野良猫を眺めながら相変わらずのやり取りをしているのは二匹の妖、烏羽玉と古ノ森である。
「はっはっは、烏羽玉の妖気を感じて野生動物は滅多と近づいては来んのだがのう。
あやつは妖気など感じぬのじゃろう」
慈影僧正は隣で笑っている。
「のん気だねぇ相変わらず。まあ猫の一匹や二匹いたってどうって事ないけどね。
あの子の遊び相手にくらいなるんじゃない」
古ノ森もまたのん気なもので
「まだアタシ達と会うことは出来ないんだからそれまでに猫に慣れておくのも悪くは
ないわね。」
「狐には慣れないだろうさ」
「アタシはアンタと違って優しいから大丈夫さ」
井戸端会議の様に思えるが、よくよく考えるとこの老僧は猫又と妖狐と話しているのだ。遠目には老人の傍らに動物が二匹座っている、そんな風に見えるのだが、妖たちと人が平然と話をしている。だが二匹の妖達のその姿は普通の人には見えないのだ。
「そうじゃな、明には良い遊び相手やも知れんな。あの子が言葉を発して物事が分かり始めるまでまだ少し時がかかる。お主達と会わせるのもまだ先じゃて」
「どれ、茶でも点ててやろう。」
慈影はそう言って草庵の方に歩き出した。
「またあの苦い茶を飲ませるのかよ。他に気の利いた物でもないのか?」
「アンタはまだまだ坊やだねぇ。抹茶も飲めないなんて」
そんな事を言いながら二匹は尻尾を揺らしながらついて行くのであった。
「結構なお手前で」
そう言った古ノ森の隣で烏羽玉は苦虫を嚙み潰したように眉間に皺をよせている。
草庵の茶室にいる二匹は今は人の姿をしている。妖狐や猫又は人の姿に化けることが
出来、むろん人の言葉も話せるのである。そんな怪異が目の前で起こっていても平然と茶を点てる慈影は何者であろうか。
「ようやくと跡継ぎができたわい。息子や孫にはその能力は現れなんだが、儂の生きておる間に伝える事が出来そうじゃ。」
「そうよね、慈影の前にも間が空いた時期があったからねぇ。」
「ああ、あの人に会ってからもう随分となるな。」
何か懐かしむように烏羽玉達は話す。
「お主らと話せるのは並の人ではかなわぬ。この世に妖が存在する事を理解できる者はほんの一握りじゃろうて。誰しもが御伽噺(おとぎばなし)か創作としかとらえてはおるまい。なぜ我が家系にその者が現れるのかはっきりとはせんが、これも定められた事なのじゃろう。人の考えなど到底及ばぬところでこの世は成り立っておるのじゃ。」
そう言う姿は流石に僧侶然としている。
「二百年くらい前までは俺達妖の存在を信じる人も多かったんだけどな。このところは子供達ぐらいが信じてるだけだな。そんで大人になればすっかり忘れてしまう。」
「アタシなんかもずいぶんと敬われたもんだけどねぇ。」
「敬われたんじゃなくて、恐れられてたんだろう。」
茶菓子を食べながらニコニコしていた古ノ森の言葉を否定する烏羽玉に
「アタシはね、恐れ多き存在なのよ。アンタも少しは敬ったらどう?だれのおかげでここまで生きながらえたと思ってるんだい?」
と負けずに返している。
「ほっほっほ。まあお主達妖の寿命は人のそれよりも遥かに長い。時代の変化を肌身に感じてきたであろう。特にこの近世は時代の流れが速いようじゃ。たかだか百五十年余りで人は人外の存在を失念してしまったのじゃろう。それ故、儂も明も選ばれた者の定めとしてお主らの存在を先の世に伝えねばならぬ。烏羽玉、古ノ森、明を頼んだぞい。」
老僧はそう言うと二匹に深く頭を下げたのである。
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