第3話

 テスト期間は恙無つつがなく終了し、本日全てのテストが返却された。

 前回の中間テストでは散々な結果で終わったが、今回はまさかまさかの全てが平均点以上。

 これには親も、親よりも佐伯さんが喜んでくれて、この人絶対俺のこと弟みたいに思ってるんだろうなぁ、と実感した。

 そんな俺の日常はテスト期間を経て、少しだけ変化している。


「……はよ」

「あ、おはよう、ございます」


 朝、俺の席前を通り過ぎる際、七海さんグループが挨拶をしてくれるようになったのだ。

 何故か聞いてみると、「友達なんだから当たり前じゃん?」とのこと。

 いつ友達認定にされたか分からないけれど、不思議と嫌な気持ちはなく、そんな自分に驚きである。

 いつもは挨拶を済ませてさっさと自分の席に戻る金髪ギャル──高槻さんは何故か俺の机の前で立ち止まりコチラを見下ろしていた。


「……ねえ」

「は、はい!」

「アンタなんでいつも敬語なの? クラスメイトなんだし、タメで良くない?」

「そ、そうです、ね」


 顔を逸らしつつ、そう答える。

 七海さんグループの人たちが俺を邪険にせず、良い人たちなのは勉強会を通して理解している。

 けれど、どうしてもオーラというか圧がある雰囲気のせいで話しかけられると萎縮してしまうのだ。

 まあ単純に俺がコミュ力底辺なのが起因しているわけだが。


「……まあいいや。慣れてくるまで話しかければ良いだけだし」


 さらっと恐ろしいことを言って、高槻さんは自分の席に行き、清楚ギャル──小泉さんと話し始めた。

 俺は深く息を吐く。

 喫茶店で客を相手にするよりクラスメイトの方が体力使うとはこれいかに……。

 今までクラスで口を開くことなんか、それこそ先生から指された時くらいだから、どうにも解がない会話をすると肩肘が張ってしまう。

 少しでも疲れを取ろうと脱力するように机に顔を伏せようとすると、不意に肩を叩かれた。


「おはよ、浅葱くん」

「お、おはよう、七海さん」


 危ない。

 もう少しで音を立てて驚くところだった。

 俺は忙しなく働く心臓を気にかけつつ、七海さんへと意識を向ける。


「響子って結構面倒見が良いからね。自分と関わる人は等しく平等、みたいな感じなんだ」

「……そうなんだね」

「私とは普通に喋れてるんだけどなぁ」


 それは単純に彼女が俺の好きな相手で、彼女の物腰の柔らかさが俺の緊張をいつもほぐしてくれるからだろう。

 今まで遠目に見てきて、関わるようになってから俺はますます彼女に対しての好意が強くなっていくのを感じていた。

 けれど極力それは表に出さない。

 もし何かの間違いで俺が告白して振られでもしたら、今の関係すら無くなってしまうのだから。

 その方が俺に取っては辛い。

 だから俺はあくまでクラスメイトとして接していくのだ。


「七海さん、もう少しで朝の[[rb:SHR > ショートホームルーム]]始まるよ」

「あっ、じゃあ戻るね!」


 それでも時々思ってしまう。

 来月のクリスマス、七海さんと一緒に過ごせたらどれだけ幸せなことかと。

 そんなたらればを考えてしまったせいで、今日の授業をまともに聞くことができなかった。




× × ×




「ん〜、今日も頑張ったね〜」

「ん、おつかれ七海さん」


 ぐぐっと両腕を空に伸ばす仕草をする七海さんに、ねぎらいの言葉をかける。

 こうして二人並んで歩いた回数も、両手で数え切れないくらいにはなってきた。

 先週までは割とまだ暖かさも残っていたが、今週あたりから急激に気温が下がり始め、手袋やマフラーが今か今かと出番を待ち望んでいるだろう。

 七海さんは真っ白い手に息を吐きかけたり、擦ったりしてとても寒そうにしていた。


「七海さん、これ使う?」


 言って俺が懐から取り出したのは使い捨てカイロ。

 店を出る数分前に開けておいたので、もうだいぶ温かくなってきたところだ。


「まだ使い始めたばかりだから、全然温かいよ」

「えっ、でも……」


 言い淀み、俺とカイロに視線を這わす七海さん。

 一瞬疑問が浮かぶが、そもそも人が使ってたのを使いたく無い人間だっているわけで、その可能性を考慮していなかった。

 俺は慌てて言い繕う。


「ご、ごめん! 俺なんかが使ってたやつ使いたく無いよね、忘れて!」


 言って手を引っ込めようとすると、その手が慌てて掴まれる。


「そ、そうじゃなくて! 私がもらっちゃったら浅葱くんが寒くならないかなぁって」

「っ……⁉︎」


 体温が急激に上昇した。

 今まで仕事中、一瞬互いの指を掠めるくらいはあった。が、ここまで直接的に彼女と触れ合ったのは初めてだ。

 ……いや、むしろ俺が意図的に避けてきたと言っても過言では無い。

 なのに今現在、ぎゅっと握られていて振り解こうにも解けない。

 なので俺は意識を逸らすため視線をあさっての方へと向けた。


「い、いや、俺今めちゃくちゃ暑いから。それに代謝も良くて血液めちゃくちゃ循環してるから、大丈夫、うん!」


 そこまで言い終えると大きく肩で息を吐き出す。

 自分でもよく何を言っているのか分からないが、それでも七海さんには通じたらしい。

 クスッと微笑んで俺の手からカイロを受け取ってくれる。

 俺の手から人工的な温かさが消えていった。


「うん、じゃあありがたく貰うね?」


 言うと、七海さんはそのカイロを頬に当てて「あったか〜」ととても嬉しそうに微笑む。

 それを見て俺も自然と口角が上がってしまっていた。




× × ×




 明日からいよいよ件の恋人割引がスタートするので、今日は少し早く喫茶店を閉めて店内の装飾を俺、七海さん、佐伯さんの三人で行っていた。


「これ、この辺で良いかな?」

「もうちょっと左……、そう、そのへん!」


 俺が脚立を使い飾りを付け、七海さんが微調整の指示を出してくれる。

 なんか楽しい。

 去年も似たようなことをした記憶はあるけれど、なんかあまり思い出したくは無い。


『この辺ですか?』

『や、違う。もっとこう……そう、そこ! ……いや、もう少し右か?』


 佐伯さんが全く位置を決められないので、最終的に俺が貼っては下りて調整し、また貼るを繰り返していた。

 今考えれば俺が指示出しして佐伯さんに飾り付けをやってもらえば万事解決だったかもしれない。

 まあそれもこれも全ては今更の話なんだけども。


「おっ、良い感じになってきたな」


 あらかた装飾を終えると、裏の準備をしていた佐伯さんが姿を現した。

 コーヒを三つ持っており、それをカウンターに置く。


「あとはちょっとテーブルの配置を変えるだけだから、少し休憩にしよう」


 俺と七海さんはそれに頷き、ありがたくコーヒーを頂く。

 外の装飾をやる時に身体が冷えたからコーヒーの温かさが身に沁みる。


「割引期間って十二月二十五日までですか?」

「そうだな。けど、忙しいのは二十三日までだと思ってくれれば良い」

「? そうなんですか?」

「ああ。クリスマス本番はデートとかで特別な場所に行ったりするんだろうな。だから去年もピークはイブ前日までだった」


 なるほど〜、と納得している七海さんのかたわら、俺は再び去年のことを思い出していた。


『くそっ、やっぱりクリスマスはみんなデートか!』

『まあ、普通はそうでしょうね』

『なんだ悠太、いつも彼氏と長続きしないあたしを憐れんでるのか? あぁ?』


 とばっちりも甚だしい。

 あの時は常連さんたちと佐伯さんを慰めるのが大変だったなぁ、と記憶を遡っていると、不意に聞こえてきた発言によって意識を引き戻された。


「悠太たちはクリスマスデートとかしないのか?」

「……は?」

「……えっ⁉︎」


 俺と七海さんは同時に硬直する。

 そして意識を取り戻した俺はすぐさま否定した。


「いや、俺と七海さんはそんな関係じゃ無いから!」

「そうなのか?」

「当たり前じゃん。だいいち、俺なんか七海さんに釣り合わないし!」


 言ってから発言に後悔する。

 今の言い方だと好意があるのを気づかれるのでは無いか、と。

 しかしその心配は不要だった。

 未だ七海さんは硬直したままだったから。


「ってか、俺たちのことより、佐伯さんが彼氏探せば良いんです──」

「悠太、お前は今踏み入れてはならない深淵に足を踏み入れたな」

「や、どこの厨二病ですか」

「問答無用だ!」


 アイアンクローをかまされ、俺と佐伯さんは数分間わちゃわちゃしていた。

 その間、七海さんが顔を赤く染めたなまま、何かを呟いていたことに気付くことはなく──。

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