第5話

 病院で目が覚めてから4週間、あっという間に時は流れた。記憶はなくとも、主婦のやることなんて決まっていて、支障もまるでなかった。急に年老いたことに不安もあったが、気持ちは45歳でも、55歳までの日常は確かにあったようで、体に負担があるわけでもなく、子どもが自立し、達也と夫だけの生活となった「今」は、仕事量が半減し、むしろ、らくに感じた。


 今日は2025年12月17日、第3水曜日。やはり変身はなかった。あの5回の変身が夢だったなんて、いまだに信じられないぐらい、リアルに感覚が残っている。でも、家族にも由美子にも、事細かに話したが、みんな苦笑したり、私をなだめたりしただけだった。


「毎月第3水曜日になると変身するの? なんじゃそりゃ!」

「松島菜々緒? おまえが? それは、会ってみたかったわ!」


 『まぁ、そうだよね。そんなわけないよね』

 意識がなくなっているときに、実際に子どもたちや由美子に起こったことが、少し面白い物語になって表れたのね。子どもたちの進路も、由美子の雅人君との再会も、実際にその通りだった。みんな、幸せな道を歩んでいるなら、それでいい。


 朝の家事が終わり、ぼんやりとしていると、悠紀と表示されたスマホが鳴った。

「お母さん? 体調はどう? 変わりはない?」

「うん。大丈夫よ。そっちはどう?」

「うん、私も変わりないよ! 来週からしばらく、実家に帰れることになったから。年末年始は、久々にみんなが揃うんでしょう?」

「うん。由美子も帰国するから、みんなでクリスマスパーティーしようか」

「いいね! 智也は?」

「智也も、専門学校は休みで、パソコン一つでどこででも仕事はできるらしくて、年明けまで、実家うちに帰るって」


***


 12月23日。クリスマスパーティーを前に、悠紀と智也が帰ってきた。

「お母さん!」

悠紀が抱きついてきた。動画電話はしていたものの、目を覚ました以来の再会だった。

「悠紀……、心配かけてごめんね」

「ホントだよ! あのまま、目を覚まさなかったらどうしようかと思った。本当に良かった……」

「うん。あれ? 悠紀! そのお腹??」

「うん……、そうなの。2月20日が予定日だよ」

悠紀のお腹は新しい命を宿していた。

 ひとまず、ダイニングに移動し、お茶をいれて、一息ついてから、話の続きをした。


「事故の前には伝えていたんだけど、記憶喪失になっちゃったから、落ち着くまで赤ちゃんのことは黙っておこう……ってことになったの」

「2月20日って、もうすぐじゃない。相手の人は……?」

「シンガポールに住んでいる日本人だよ」

「そうなの……。みんなは知っているの?」

「うん、知ってる。本当に覚えてないんだね……」

ドキリとして、胸が痛む。

「去年の年末にみんなに紹介したんだよ。結婚式はしてないけど、二人でシンガポールと東京の二拠点生活をしてる。でも、年明けに東京の家は引き払って、産前産後は実家に居ようと思うのだけど……、ダメかな?」

「もちろん、いいけど……。じゃぁ、産後落ち着いたらシンガポールで家族で暮らすの?」

「うん、その予定」


 頭が追い付かないが、そうだというのなら、そういうことなのだろう。

 『ええい、ままよ! 感傷にふけっている場合ではない! 新しい命が生まれるのだ!』

自分の頬をパチンと叩く。

「わかった! お母さんに任せときなさい! これから、忙しくなるわね!」

 

 この一件で、何かが吹っ切れた。『過去に気をとられている場合ではない! 大事な娘が出産し、母になるのだ。私がこの子たちをサポートしなきゃ!』


 智也をそっちのけで、話していたことに気付く。

「智也~! おかえり~。大人になったわね~!」

嫌がるのをわかっていて、わざと抱きついてやる。


「ちょっ……、おかん! 俺もう24。おかん、俺のこと覚えてんのんか?」

「覚えてるわよ! 私の中では中学生のままだけど、見た目は一丁前に大人になってるじゃない?」

「中身も大人になっとるわ!」

家族で大笑いしながら、思い出話に花が咲く。覚えてないことばかりだったけど、そんな雑談も楽しめるほどに、私は『普通』だった。

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