第3話

 衝撃の事実はこうだった。

 今日は、2025年11月19日水曜日。私は55歳。

 2025年10月22日水曜日、週末に由美子の誕生日会を自宅で開くと、張り切って買い物に出掛けた私は、車を運転中、急に飛び出してきたこどもを避けようとハンドルを切り、壁に激突した。幸い、こどもに怪我はなかった。私は、外傷はほどんどなかったものの、意識を失い、そのまま病院に運ばれ、昨日目覚めたということだった。


「つまり、2015年からの10年間、記憶を失っていることになりますね。記憶は何かのきっかけで戻ることもあれば、ずっと戻らない可能性もあります」

「そんな……」

「検査の結果も異常はないので、もう少し、リハビリも兼ねて病院で様子を見て、早ければ、来週末にでも退院できると思いますよ。但し、無理は禁物ですよ!」

「はい……」

そう言うと、病室から出ていった。


「ねぇ、私って55歳なの? 変身じゃなくて?」

「せやで……。変身ってなんや……。夢でも見てたんか?」

「え? うーん……そうなのかな……。まだ、頭の整理ができない。ねぇ、子どもたちのこと、教えてくれる?」


 私は、この10年間のことを、哲也さんから聞いた。

 哲也さんは58歳で、10年前と変わらず会社勤め。2月で27歳になる悠紀は、短大の英文科を卒業後、アメリカに渡り語学留学を経て、青年海外協力隊に参加し、現在はアジア圏と日本を往復しながら、本格的に国際援助の仕事をしているそうだ。24歳になった智也は、当時、高校卒業後の進路を迷っていたが、最終的にはやはり、T大を受験し見事合格。現在は卒業して、自分で収入を得ながら、映画監督になるべく、東京の専門学校に通っているとのこと。たっくんは高校3年生になり、大学受験に向けて勉強を頑張っている最中とのこと。智也の高校卒業後から6年間は、たっくんと私達夫婦の3人暮らしだったそうだ。私はというと、数年前にパートリーダーとなり、指導係の仕事が加わったくらいで、毎日、変わりなくパートと家事に明け暮れていたという。全く、記憶にない……。


「由美子は?」


「由美子ちゃんは、5年前に雅人さんと結婚して、アメリカに住んでんで。ほんで、先月由美子ちゃんの誕生日に合わせて帰国する、いうから、おまえが自宅に呼んで誕生日会する、いうて、はりきってて……」


「そうなの? 由美子、結婚したの? うわぁ! 感動! どこまでが現実なのか、よくわからないけど、嬉しいことが全部現実になってる!!」


「何ゆうとんねん。由美子ちゃん、自分の誕生日の翌日にまた大切な人が事故に遭ったて、半狂乱になってたんやで。アメリカにも戻らん言うて、最初の2週間、ずっとおまえに付きっきりで……。でも、俺も気遣える余裕もなかったし、いつ目、覚めるかわからへんし、もう目覚めんかもしれへんし……。で、由美子ちゃんも精神的に限界にきてたから、旦那さんにいうて、無理やり連れて帰ってもろたんや」


「そっか、そうだよね……。また、由美子に悲しい思いさせちゃったな」


「ひとまず、昨日連絡はしといたから、電話でもしてみるか?」


 LIMEの動画電話で由美子に電話すると、すぐに由美子が映し出された。

「美奈子!! 目を覚ましたんやね!!」

「うん。心配かけてごめん。あ、そっち時間大丈夫だった?」

「うん、全然。今、夕食が終わったとこ。変わりはない? 後遺症とかは?」

年をとったせいもあるだろうが、由美子がずいぶんやつれて見えた。私を心配していたのだろう。

「大丈夫よ。この通り、嘘のように元気!」

記憶障害のことは、まだ言わないでおいた。

「本当に良かった。近々、帰国して、会いに行くね」

「うん、嬉しい。でも、しばらくしたら退院できそうなんだ。だから、自宅に帰れて、ちょっと生活が落ち着いてから帰ってきてよ! ねっ! その方が私も嬉しい!」

もう少し、記憶と心の整理をする時間が欲しかった。

「わかった……。絶対に無理しないで。また、いつでもいいから電話してくれる?」

「うん。するする。色々話も聞きたいし」

そう約束して、電話を切った。


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