第2話

 朝、目が覚めると、やはり病室だった。昨日はあのまま眠り、翌朝を迎えたらしい。聞きたいことはたくさんあった。由美子はあの後どうなったのか?とか、パートの休みの連絡は?とか、家の事はどうなっているのか?とか……。

『哲也さん、ちゃんとやってくれてるかな……。子ども達、ちゃんと学校に行けてるかな……。今日は退院できるかな?早く家に戻らなきゃ。先生に相談してみよう』


 電動ベッドを起こして、ゆっくりと体勢を変えてみる。立ち上がろうと、ベッドから足を下ろそうとしたところに、看護師が入ってきた。


「中島さん! まだ急に動いたらダメですよ」

「あぁ、お手洗いに行きたくて……」

「尿意の感覚も戻っているんですね。よかった。補助しますから、ちょっと待ってくださいね」

『そんな大げさな』

と立ち上がろうとすると、ぐらりと体が揺らぐ。足に力が入らないのだ。

「え?どうして……?」

「中島さん、急には無理ですよ。1ヶ月近く眠ったままだったんですから。筋肉も衰えてますからね。でもすぐに感覚は戻りますからね。焦りは禁物ですよ。」


「え? 1ヶ月も??」

「あ、まだ先生からお話聞いてないんですね。今日、詳しくお話がありますからね。ひとまず、お手洗いに行ってみましょう。すぐそこにポータブルがあるので、頑張って行ってみますか?」


 わけがわからず、言われるがままに、介助されながら用を足すことができた。手洗いの際、鏡を見てギョッとする。


「あ、あの! 今日って、第3水曜日ですか?」

「え?……ああ、確か今日は第3水曜日ですね。どうかされました?」

「あ、いや、別に……。大丈夫です」

再びベッドに戻る。


「まだ感覚が完全に戻っていないので、一人で立ち歩くのはやめて下さいね。移動する時は、必ず、介助者を呼んでくださいね」


にこやかに、看護師が去っていった。


『1ヶ月も、眠ったままだったの? それにしても……、今回は中途半端な変身だな。10歳くらい年をとったような顔だった……』


そう、鏡に映った私は、10年ほど年をとったような顔だったのだ。うーん……。


 その時、部屋の戸が開き、夫が入ってきた。


「調子はどうや? 痛いとことかないか?」

「うん、ないよ。仕事は? 子どもは?」

「今日はな、有給休暇とってん。お前が目を覚ましたって聞いて、昨日の夜も、一緒に来ててんけどな、眠っとったから起こさん方がええやろって。達也は今朝もここに来るいうたけど、学校行かせたで」

「そうだったのね、起こしてくれたらよかったのに。なんか、1カ月近く眠ってたらしいね」

「そうやで。検査しても、脳に異常はなくてな。せやのに、人工呼吸器なしで、ひたすら眠っとる状態や、言われて……。でも植物状態も、1カ月以上続いたら、目を覚まさへん可能性が高くなる、言われて……。肝が冷えたで。ホンマに目が覚めてよかったわ……」

最後は涙ぐんでいるように見えた。


「そうだったんだ…。心配かけてごめんね。でも、もう大丈夫! 早く家に帰りたい。……そうそう、今日は第3水曜日なんでしょ? 今回の変身って微妙じゃない?」

「え? 第3水曜日? 変身? ……何を言うてんの?」

「え? ほら、毎月変身するじゃない? 私?」


 そこに、主治医が入ってきた。

「中島さん、調子はいかがですか?」

「あ、先生。昨日よりも、ずっと調子がいいです。早く退院したいです!」

「そうですか。元気になられて良かった。さて、今日は調子も良さそうなので、記憶の整理をしていきたいのですが、よろしいですか?」

「記憶の整理……ですか? ……はい、大丈夫です」


 主治医に直近の記憶を聞かれ、由美子の誕生日会の最中に、頭痛と眩暈がして気を失ったことを伝えた。しかし、ここに私がいる理由は、そんな理由ではなかった。信じられない衝撃の事実を聞かされ、私は絶句した。

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