第6章 目が覚めたら…

第1話

 目が覚めたら、病室のベッドで寝ていた。ピッピッピッという電子音が、静かな部屋で響いている。今は、夜……?明け方……?

 心電図の変化をナースステーションで察知し、看護師が病室に入ってきた。


「中島さん?気が付きましたか?気分はどうですか?」

「っ……!」

『大丈夫です』と答えたいのに、声が出ない。


「大丈夫ですよ。落ち着いて。ゆっくりでいいですからね」

優しい笑顔の言葉がけに、詰まっていた喉が緩む。


「は……い。だ・いじょ・・・ぶです」

「良かった。今、先生を呼んできますからね」

そう言うと、穏やかな口調とは裏腹に、そそくさと病室から出て行った。


 廊下で、看護師さんの声が聞こえる。

「あ、ご主人さん!! 奥さん、たった今、目を覚ましましたよ!」

「え?? ホントですか??」

その声と同時に、勢いよくドアが開く。


「美奈子! 美奈子! 大丈夫か??」

スーツ姿の夫が、部屋に入ってくる。『あぁ、仕事帰りに来てくれたのね』


「大丈夫か? 気分はどうや? 話せるか?」

夫の顔をじっと見つめる。『何だか、夫の顔が老けて見える……』

「だい・・・じょ・・・」

言い終わらないうちに、ゴホゴホとむせる。話したいのにうまく話せない。


 医師達が入ってくる。

「中島さん、わかりますか? どこか痛いところはありますか?」

喉がカラカラで、うまく言葉が出ない。

「ない……です」

医師が簡易的な健診をする。

「ベッド、少し起こしてみるね」

頷くと、電動ベッドに少し角度がつき、上体が上がる。頭がフワフワする。看護師さんが、常温水で唇を湿らしてくれる。そして、スプーンでほんの少しずつ、むせないよう口に含み、飲み込む。少しずつ、様々な感覚が戻ってきた。


 夫に「あとで問診に来るから、今は疲れないようにそっと見守ってあげてくださいね」と伝えると、医師は一旦退室した。私は少しずつ話せるようになり、夫にいくつか質問したが、夫は驚いた顔をして、ただ、うん……とか、ううん……とか、煮え切らない返事をした。『医者の言いつけを守っているのかしら? 私は、大丈夫なのに……』そして、先生がまた戻ってきた。あのお喋り好きの夫が大人しくしているのが何とも不思議な光景だった。


「中島さん、いくつか質問するから答えてくれる? しんどくなったら、無理せずに言ってね」

「はい」

「あなたの名前と、年齢と職業を教えてくれますか?」

「中島美奈子。45歳。スーパー三栄でパートをしています」

「えっ!!」

と夫が驚きの声をあげる。

 医師が夫に視線を向け、静かにうなずくと、夫は口をつぐんだ。

「では、今日が何年何月何日がわかりますか?」

「えっと……、今日は……、あ、倒れたのは、由美子の誕生日だったから……、2015年10月21日です」

「家族構成は?」

「高2の娘と、中2の息子と、小2の息子と、そこにいる夫です」

夫が青ざめた顔をしているのが見えた。

「そうですか。わかりました。食事はとれそうですか?」

「あまり、お腹はすいていないのですが……」

「そうですか。では、今日はまだ、目が覚めたばかりでお疲れだと思うので、ゆっくり休んで、明日の朝、おかゆから始めてみましょう。点滴で栄養は取れているから、大丈夫ですよ。明日また、ゆっくりお話しましょうね」

「はい、わかりました」


「ご主人、ちょっとよろしいですか」

と医師は夫を連れだって、退室してしまった。

 確かに、疲れた。すごく頭を使った気がする。頭がフワフワする。急な眠気が襲う。私は再び、深い眠りに落ちた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る