第2話

 一つ年上の雅人君は、大学時代の由美子の恋人だった。文系の由美子と理系の雅人君は、互いに尊敬し合い、将来の夢も語り合える、親友のような恋人だった。

 でも、由美子が大学3回生の時、雅人君がバイクで交通事故を起こした。高速道路で曲がり切れず、ガードレールに衝突したらしい。奇跡的に一命は取り留めたものの、下半身不随となる大怪我を負った。その日は由美子の誕生日で、内定先の新人研修説明会から、急いで由美子に会いに向かう途中だったそうだ。


 由美子は、意識が戻るまで何も手に付かず、病院に足繫く通い、ひたすら祈り続けた。意識が戻り、歓喜したのは束の間、雅人君は下半身不随の事実を知ると、これまでの優しく聡明で明るい性格が嘘のように塞ぎこみ、由美子にもつらく当たるようになった。

 それでも、由美子は諦めなかった。努めて明るく振る舞い、手料理を持って行き、足をマッサージし、笑わない雅人君を、励まし続けた。そして、私はそれを見守り続けた。


 当時、私は短大を卒業後、地元の徳島県を離れ愛知県で就職し、愛知県の大学に在学中の由美子とルームシェアをしていた。


 事故から4カ月が過ぎたある日、由美子がずぶ濡れになって帰ってきた。

「由美子!! どうしたの!?」

「……私……、もう無理……」


 4カ月間のつらい看病は、由美子の身も心も蝕み、2月の冷たい雨は、容赦なく由美子の心を折った。私はただただ、由美子を黙って抱きしめた。

 その後、高熱を出し数日寝込んだ由美子は、熱が下がると何事もなかったかのように心身共に、元気に振る舞った。どう見ても空元気だった。

 でも、あの日以来、病院には行かなくなった。私は何も聞かなかった。ただ、一度だけ、お酒に酔った由美子がこんなことをつぶやいた。


「私が傍にいるとさぁ……、私を責める気持ちになるんだってぇ……。私の顔を見るとさぁ……、惨めな気持ちになるんだってぇ……。私はさ、雅人が笑って傍にいてくれたら、それだけでいいのになぁ……。私がバリバリ働いてさ、経済的にも心理的にも、ずっと雅人を支えていける自信あったのになぁ……。つらい気持ちの雅人もひっくるめて、愛せる自信あったんだけどなぁ……。でも、それって、私のエゴなのかぁ……」

そう言うと、そのまま眠ってしまった。


 由美子がどれほど雅人君を想っているのかを知り、いたたまれない気持ちと、自分が何もしてあげられないもどかしさで苦しかったが、親友としてできることは静かに見守るしかないと思った。その後の雅人君のことはわからない。由美子は、勉強と就職に本格的に動き出し、早々に新聞社の内定を勝ち取った。

 

 その後も、私が哲也さんと結婚するまでルームシェアを続けた。由美子も30歳の頃、同じ会社の男性と事実婚の関係にあったが、2年くらい同居の末に別れた。


「『君の気持ちがわからない。僕のこと愛していないでしょう?』

だってさ……。ちゃんと好きだったんだけどなぁ。私って、どこか欠落してるのかなぁ……?」


 寂しそうに笑う由美子の顔が忘れられない。雅人君とのことがあってから、由美子は恋愛に気持ちが向かなくなった。そんな由美子に事実婚の男性という存在ができて、私は心底安堵していたのに……。やはりのだろうか。

 

 由美子には、いつも、どんな形でも幸せでいてほしい。今、由美子は幸せなのだろうか?毎日、楽しそうに見えるが、本当のところはわからない。


 今日はよりによって、由美子の誕生日。そんな日に雅人君に変身するだなんて……。とにかく、連絡しなくては……。スマホを持っては置いて、タップしようとしてはやめて、何度も何度もスマホとにらめっこした。

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