第5話

 自宅に何とか辿り着き、水分補給をした後、身を横たえる。体力だけが取り柄の私も、この老体での買い物、参観、30分歩行は堪えたようだ。2時間が一瞬と感じる程に、ぐっすりと眠っていた。

 夕飯の支度に取り掛かり、夕方の家事をしながら、家族の帰りを待つ。たっくんは、児童クラブが休みなので、まもなく集団下校で帰ってくる頃だ。


「ただいま! ばぁば、今日は来てくれてありがとう! あ、僕、宿題を済ませたら、お手伝いするね!」


 鞄を部屋に置きに行くと、宿題を早々に終わらせ、急いで降りてきた。

 やはり、母の私がいないことにも、祖母が家にいる不自然さにも触れず、にこやかに振る舞う。私は今日のたっくんの様子と、今日一日は、祖母になりきってやり過ごすことを、夫と姉兄のLIMEに送信しておいた。

 夕飯が終わると、たっくんと一緒に入浴し、好きな本を一緒に読んで、就寝時間になった。いつもは一人で寝るたっくんが、眠るまで一緒に居てほしいと言うので、ベッドサイドに座り、たっくんと手をつなぐ。


「ばぁば、今日はとっても、楽しかったよ。会いに来てくれてありがとう。ばぁばにいっぱい話したいことが、まだたくさんあるよ。あのね、僕ね、九九ができるようになったよ。あとね、縄跳びも二重跳びができるようになったんだ。あとね、新しいクラスになってね、友だちもたくさんできたよ。あとね、あとね……、話したい事いっぱいあるのにな……」


「うんうん、知ってるよ。たっくんがいつも、いっぱい頑張ってること。たっくんは、すごいねぇ、頑張り屋さんだもんねぇ」

「うん。ばぁば、大好きだよ……。本当に大好き……。ありがと……」

そう言いながら、眠りについたたっくんの頬には、涙が伝っていた。涙を拭い、頭を撫でてやりながら、自分が本当の祖母になったような不思議な感覚を覚えた。


 寝室でひとり、たっくんの手紙を開ける。


『ばぁばへ。

いつもいっぱいあそんでくれてありがとう。

いっぱいうれしいこといってくれてありがとう。

ばぁばにまた会えてうれしかった。

ばぁばが大すきだよ!ずっとずっと大すきだよ!

これからもお空で見ててね。』


 あぁ……。

 何とも言えない気持ちになり、そっと手紙を閉じ、手作りのペン立てと一緒にクローゼットの奥の見えないところに隠した。亡き母に届けるまで、誰の目にも触れさせてはいけない気がした。


 翌朝。

 いつものように自分の姿に戻り、いつもの朝がきた。夫と姉兄の二人を見送り、たっくんを起こしに二階へ上がる。今朝はどんな反応をするのか、私はどう応対すればいいのかわからず、部屋の前で逡巡していると、たっくんが戸を開けて出てきた。私の顔を見て、一瞬驚いたような顔をしたが、

「お母さん、おはよう!」

と元気に挨拶をしてきた。


「あ……、たっくんおはよう。今日は自分で起きられたんだね。すごいね」

「うん。僕、もう2年生だからね! お手伝いも頑張るよ!」

「そう。お母さん、すごく助かるな! じゃぁ、朝ごはん一緒に食べようか」

 

 私は祖母の代わりにはなってあげられないけれど、母親として寄り添い、見守ることはできる。私にもたっくんにも、消化されない思いや気持ちは残るけれど、母が故人となった今、すっきりと消化できる術はない。残された者は、時に故人を想い、辛くとも、互いに励まし合い、強く生きていくしかない。それが、「供養」というものなのかもしれない。母とはもう話はできないけれど、母も私も「母の子を想う気持ち」はきっと同じだ!と強く感じた朝だった。



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