第4話

 買い物を済ませた後、少し休憩して、たっくんの小学校まで由美子が車で送ってくれた。帰りも迎えに来られるように仕事を調整すると言ってくれたが、タクシーを呼ぶから大丈夫だと断った。

 時刻は10:45。集合場所の『多目的ホール』へ向かう。地域の高齢者や、生徒の祖父母と思われる方々が早々に集まっている。しばらくすると、子どもたちが入室してきた。舞台前に整列する子どもたちと客席の高齢者双方が、手を振り合っている。たっくんは、ちょうど真ん中にいた。キョロキョロと客席を見渡し、私を見つけると、満面の笑みを浮かべ、手を振った。


 『たっくん嬉しそう……』複雑な想いを抱えつつ、合唱が始まる。『夕やけこやけ』と『小ぎつね』が披露された。時々、こちらを見ながら、一生懸命歌っている姿が見えた。

 その後、祖父母や地域の高齢者たちが、子どものグループに入り、一緒に工作をすることになっていた。実の祖父母は、孫のところに行き、祖父母が来ていない子どもの所には、地域の高齢者が行った。私は、たっくんの隣に行き、一緒に牛乳パックでペン立てを作った。

「飾り付けは、ばぁばの好きな猫にする? じーじは釣りが好きだから、魚もつけようか?」

嬉しそうなたっくんを微笑ましく眺めながら、ハサミで切ったり、のりで貼ったりしていく。完成したペン立ては、子どもたちが事前に書いてあった手紙を添えて、高齢者に直接手渡された。


「ばぁば、僕ね、地域の人に渡す用の手紙を書いてたんだけどね、ばぁば用に書き直したからね! 恥ずかしいから、今日僕が寝た後に一人で読んでね」

たっくんは渡す時に、小さな声で私に耳打ちした。


 時刻は12:25。

 タクシーを呼ぼうか迷ったが、ひとまず杖をついて小学校を出た。ゆっくりと10分ほど歩き、公園のベンチで休憩をとる。薄い長そでの服で、ちょうど外の風が気持ち良い季節だ。昨年末に亡くなった母に思いを馳せる。自分が子どもの頃は、とても厳しく礼儀作法や、女性としての嗜みを重んじる母だった。私はというと、ずぼらで細かい作業よりも、体を思いきり動かすことの方が好きで、母の望む子ども像ではなかったと思う。それでも、私を否定するようなことは言わなかったし、いつも私の体を気遣い、応援してくれていたと思う。でも、苦手だった。


 幼少期の厳しかった母の姿が鮮明で、大人になってからも、仲が悪いわけではないが遠慮がちな態度をとっていた。そんな母が9カ月前、急逝した。母は何を思って逝ったのか。私のことをどんな風に思っていたのか。この答えの出ない問いに、いつも思いを巡らせてしまう。ただ、自分が母親になってわかったことは、我が子への心配が尽きないこと、我が子が世間の荒波にのまれないよう強く生きてほしいこと、我が子の幸せを何よりも願っているということだ。母もそんな風に思って、私に厳しくしていたのではないか。


 痛く重い体を立ち上がらせ、自宅までゆっくりと歩を進める。晩年の母にもっと優しくしてあげればよかったと後悔ばかりが押し寄せてきた。

 





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