第4話
担任が話し始める。
「中島君は、映画製作関係の専門学校を希望していますが、それでよろしいですか?」
「へっ??」
横を向く。智也は、ゆっくりとこちらを向き、うなずく。
「中島君、ご両親も賛成してくれているんだよね?」
「いやっ、私は初めて聞きました……」
「あぁ、叔母さまには、まだ伝えてなかったかな?」
「いえ、両親にも誰にも……。なかなか言い出せなくて、進路希望調査は、一人で書きました」
智也がこちらに向き直り、
「俺、将来、映画監督になりたいんや」
あまりに、突然のことで、うまく返事ができない。今まで、そんなこと一言も……。
「いえね、中島君は、勉強もよくできるし、T大も狙えると、教員間でも話していたのですが…。本人は学びたいことは別にあると言っておりまして……。まぁ、まだ時間もありますし、大事な進路のことなので、またご家族ともよく話し合ってくださいね」
面談後、担任の先生が何やら私に話しかけていたが、耳に入らず、適当に愛想よく相槌をうって、その場を後にした。
駐車場まで無言のまま、気まずい雰囲気。
「おかん……、黙っててごめん。でも俺、本気なんや」
「うん、ビックリした。T大を目指しているものだと思っていたから。帰ったらまた、お父さんとも一緒に話そうね」
「うん。……それでな、お願いがあるんやけど……。今日な、
手を合わせて懇願する息子を見て、『ここで、それをお願いするんだ!?』と思いながら、智也の自転車を後部から積み入れ、中学校から車で10分程度の星楠高校へ向かった。
息子が指定席に座るのを確認し、電話をするために一旦外に出る。珍しく夫から着信があったのだ。掛け直すと、何のことはない、急な接待が入り、帰りが遅くなるとのこと。あんなにワタシに会いたがっていたのに……。可哀そうな哲也さん。
席に戻ろうとする私に
「菜々緒さん? ここにいらっしゃったんですか! 次のシーンのメイク入ります!」
とスタッフらしき人にロケバスの中へ誘導される。
「いや、私は違います。人違いです!」
その時、ロケバスの扉が開き、正真正銘の『松島菜々緒』が入ってきた。
「「えっっっ」」
「ドッペルゲンガーかと思ったわよ」
と、メイクをされながら話すホンモノは、とても気さくで、人柄の良さが垣間見えた。そして、同じ顔の私よりも、数百倍……いや数万倍……オーラがあった。芸能人ってすごい!
「記念に一枚撮りましょう」
と写真も一緒に撮ってくれた。夫がここに居たらどんなにか喜ぶだろうに…と、せめてもの慰みに、夫の名前入りでサインも書いて頂いた。どんなに憎たらしい夫でもやはり喜ばせてあげたい妻心だ。
息子は、映画見学が大満足だったようで、帰りの車中ずっと興奮気味に、この映画監督の素晴らしさについて語った。彼の夢は本気なのだと悟った。
その日、夫は23時をまわっても帰らず、私は先に床に就いたのだが、深夜過ぎに帰った時には、私はいつもの私の姿で眠っていたそうだ。
その時の夫の落胆ぶりは、想像に難しくない……。
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