第3話
時刻は11:00。
ドラッグストアまで車を走らせる。買い物リストは、家のホワイトボードに書き溜めたものをスマホに撮ってきている。
「スマホ、スマホっと」
目深に被ったキャップに、白いTシャツに、スキニーのGパン。地味にしているつもりだが、そのスタイルは隠しようもなく、どうしても目を惹いてしまう。
この時間のドラッグスストアは、年配の方ばかりだろうと、高を括っていたが、8倍ポイントを侮るなかれ、様々な年齢層のお客さんが多くいた。買い物リストを見ながら、猛スピードで買い物かごや、カートの下に詰め込んでいく。
「ねぇ、あれってさぁ、松島菜々緒じゃない?」
「うそ? まさか? こんなところに? ないでしょ?」
30代くらいの女性二人が、囁き合っている。
『違うよー。別人だよー。声かけないでよー』
と、心の中でぼやく。
「いや、絶対そうだって! あんなスタイルのいい人、一般人でいないって」
『……ご・ごもっとも―』
この2人から最速で離れる。
「あとは、シャンプーとコンディショナーの詰め替えを買ったら、終了!」
お目当てのものをカートに入れると、化粧品のコーナーで足が止まる。
『化粧品なんていつから買ってないだろう?』
鏡に映る顔に似合う、深紅のリップを買う。
(それを目ざとく見ていた数人のお客さんが、『松島菜々緒が選んだリップ』として、次々と同じリップを買ったこと、その後、その深紅のリップが入手困難になったことが自分のせいだとは知る由もなかったが)
レジのお姉さんが、何か言いたげに大量の商品のバーコードを機械に通している間、私は話しかけられないように、用もないスマホをずっと弄っていた。レジの時間が、一番地獄だった。ずっと、まわりからヒソヒソ声が聞こえてくるのだ。本物ならどう対応するのだろう……。堂々としておくのかな?私はそもそも偽物だから、写真とかサインとか頼まれても困る。関わらないのが一番だ。
購入した大荷物を再びカートに乗せ、駐車場に向かう。
『しまった……』先ほどの30代くらいの女性二人組に出待ちをされてしまう。
「あ、あのぅ。松島菜々緒さんですよね? 大ファンなんですぅ。写真とかって、大丈夫ですか?」
「あ……あの、違うんです。信じられないかもしれないけど、私、松島菜々緒さんじゃないんです。……よ・よく間違えられるんですけど……。ほら、声が違うでしょう?」
『普段の私が間違えられたりはしませんけどね……』と心でぼやく。
しばらく、ぽかんとして、思考が追い付いていないようだったが、合点がいったようだ。
「え? え? 一般の方ってことですか?」
「えぇ。紛らわしくてすみません」
「ホントだ。声が違いますね。ごめんなさぃ。でも、ホントにそっくりですね!」
眉を八の字にした笑顔で頭を軽く下げて、一目散に車に逃げ込んだ。買い物一つにどっと疲れた。
『芸能人って、大変だ…。私は、普通でいいや』
時刻は12:15。
帰宅して、大荷物をしかるべき場所に収納していく。すべてが終わると、昼食をゆっくり食べる時間もなく、カップラーメンをすすり、少し綺麗目な服装に変え、再び車に乗り、智也の中学校へ。智也は、勉強ができる子で、中高一貫の私立の進学校に通っている。中2といえども、夏休み前のこの時期に三者面談をするのだ。私は公立の中学、公立高校、地元の短大という経歴なので、いまだにこの雰囲気に慣れない。
面談の時間の10分前に到着する。息子と合流し、廊下で待つ。ここまで、誰とも会わずに来た。よしっ!
「おかん、やっぱりめちゃ目立っとんで? どないするん?」
智也が小声で言う。
「母親の妹ってことにするから。智也も話合わせてよ。わかった?」
前の親子が教室から出てくる。私たちに軽く会釈をしようとすると、親子の目がみるみる丸くなるのがわかった。笑顔で軽く会釈をして、間髪を入れずに、教室に入室する。
「今日は暑い中、お越しいただきありがとうございま……」
頭を上げた瞬間、強張る先生の顔。担任は30代前半くらいの男性教諭だ。
『そりゃ、固まるよね』
「いつもお世話になっております。私、智也の叔母で、
深々と頭を下げると、
「あっ、あっ、そうでしたか。では、こちらにお座りください」
先生は、そわそわして落ち着かない様子だったが、何とか平静を装い、面談が始まった。
『よし! 何とか切り抜けた! やったね!』
と智也の方を見ると、なぜか緊張した面持ちで、一点を見つめていた。
『智也??』
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