第2話

 いつものように、2階の子ども達を起こしに行ったあと、1階で家事の続きをしていると、長男、長女が順に降りてくる。


「え? うわ! ちょ、また? 今度は松島菜々緒? おかん、どないなっとん?」

と長男。生まれてから小学校1年生まで関西で暮らしていた長男は、夫と同じ関西弁をしゃべる。


「うわぁ、めっちゃ美人やん。お母さん綺麗。いいなぁ……」

と、能天気な長女。


 「男性の次は、女優ってねぇ。まぁ、多分? 明日には元通り? だと思う……?」

「おかん、何、呑気のんきなこと言うとんな? 今日何の日か、わかってんのんか?」

「え?……あぁぁぁぁぁぁ! 忘れてた! 今日は……」


「「三者面談の日や!!」」

長男と声がそろった。


「担任の先生、ビックリするやろね。案外、喜ぶんじゃない?」

頭がお花畑の長女は、相変わらず呑気に笑っている。


「智也、どうしよう? マスクしたら、声も一緒やし、バレんかな? 男性化した時も、それでバレんやろうってっ話してたのよ」


「いやいやいやいや、男性化の時はバレへんでも、今回はアカンって。松島菜々緒がマスクしても、おかんとは似ても似つかん! 全然ちゃうもん!」

真顔で言われると、ちょっと傷つく……。間違ってはいないけれど。


「そ、そうかなぁ。お母さん、昔はまぁまぁイケてたんだけどなぁ?」

二人とも、聞いちゃいない。

「と・とりあえず、面談には行くから、だ・大丈夫よ!」


 子ども3人を送り出し、ゴミ出し、掃除を終わらせ、身だしなみを整える。姿鏡を見て、ほぅっとため息が出る。同じ人間とは思えないプロポーション。TシャツとGパンがサマになる。どの角度も美しい。カッコよくポーズをキメてみる。自撮りしてみる。メイクをしても、しなくても、最高に美人だ。自分に見惚れていると、スマホの着信で、我に戻る。気が付けば、小一時間、経っている。いつもの支度なら10分未満なのに。


 着信は、由美子からだった。動画電話だ。さっき送ったLIMEを読んだのだろう。

「ちょっと、美奈子! 今度は、松島菜々緒って、どういうことよ」

「こういうことよ」

「うわ、本物やん。なまで見たいなー。でも、今日は会う時間ないな……。残念過ぎる……」

「この前の男性化より好評やし、変身感が半端ないんだけど!? めちゃ楽しい!」

「そりゃ、そんな美女に生まれ変わったら、誰でもテンション上がるよね。で、どうするのよ?」

「どうするとは?」

「えー! 私だったら、オシャレして街を練り歩くわ! みんなの視線を釘付けよ!」

『練り歩く』って表現に年齢を感じたが、私も同い年だった。


「いやいや、今日は第3水曜日でポイント8倍の日やから、日用品をまとめ買いに行くのよ。トイレットペーパーも洗剤も切れそうやし。その後は、智也の三者面談」

「えー、せっかく菜々緒さんになってるのに、その過ごし方は、間違ってない? また、明日には元通りになるんじゃないの?」

「うん……多分? いやでも、家庭の用事、最優先でしょう?! あ、もう行かないと! じゃーね、由美子、切るよ!」

「うん。いってらっしゃい……あ、そういや、今ロケで……」

と、由美子が何か言いかけていたけど、電話を切った後だった。


 貴重な平日休み。銀行に行ってドラッグストアで大量買いして、午後からは、面談だ!悲しきかな、見た目は、松島菜々緒になっても、私は主婦で母なのだ!





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