第2章 朝、目が覚めたら「女優」になっていた

第1話

 それから、1カ月が経ったある日。

 時刻は5:30。アラームが鳴る。昨夜はちょっと飲みすぎたかな?朝イチから喉が渇いて、眠目のまま1階のキッチンへ。コップ一杯の常温水を静かに飲み干す。長い髪がサラリと落ち、かき上げる。……かき上げる?

「んんン??」

私はショートカットだ!慌てて洗面所に走りこむ。

「どうゆうことーーーー!」


 今日は水曜日。先月の男性化に引き続き、今度は「女優化」。

 鏡に映る自分は、間違いなく『松島菜々緒』だ。

「顔ちっちゃ! 手足細長! 毛穴皆無!」

まじまじと、自分の顔やスタイルに見惚れていると、物音の大きさに、夫がいつもより早く起きてくる。私を見るや否や

「おは……、どぇ、ど、ド……$%&……」

言葉にならず、腰を抜かす。


 それもそのはず、夫は「松島菜々緒」の大ファンなのだ。

「ど、どうして、あなたがここに?」

コテコテの関西弁の夫が標準語を話すのが妙にしゃくに障る。

「なに言ってんの?私よ、わ・た・し!」

パジャマ見たらわかるでしょうが?

「あ、あぁ、おま……美奈子か……。いや、菜々緒さんでしょ?」


「もう、朝忙しいから、ちょっと、どいて」

 いつも通り、朝食と弁当の支度に取り掛かる。バタバタと作業を進めていると、夫がずっと余所余所しく、チラ見をしてくる。

 新聞なんて全く読めていない。まぁ、気持ちはわからなくもない。『いつか一目会いたい』という長年の夢、『推し』が、目の前でしかも自宅で料理をしているのだ。


「はい、朝ごはん」

目の前に出すと

「あ、ありがとうございます」

ですと?

「あの、後で写真を一緒に撮ってもらってもいいですか?」

ですと?

いくら私だと説明しても、夫の脳はを起こしているらしい。


 先月は、気付きもしなかったくせに!いつもの私とそんなに違うのか?

 ……まぁ、違うけど。いや、男性化の方が違和感ないってどういうことよ!自分でノリツッコミをして悲しくなったことは言うまでもない。


「今日、会社、有給とろうかな? あの……一緒に食事でも、ど、どうすか?」

少し慣れてきたのか、一丁前にデートに誘ってきた。

 私は、美しい笑顔を夫に向けたまま、こう言う。

「哲也さん、勤勉に働くあなたが、最高にハンサムで素敵だわ。今日も、お仕事頑張ってくださいね♡」

たちまち、夫の目はハートになり

「な、なるべく早く帰ってきます!」

と、脱兎のごとく玄関に向かった。単純な人だ……。冷ややかな目で見据える。


 そして、いつもの儀式。今日ほど、儀式をすることがしゃくだった日はないが、仕方がない。男性になった私のキスを受け入れた夫に免じて、してあげることにした。ほっぺにチュ。

「も、もう一回お願いできますか? こ、今度は写真に収めたいんで!」

頬を突き出す夫を、丁寧に玄関に押し出し、笑顔で送り出した。


「哲也さん、いってらっしゃいませ」

もちろん、青筋付きの笑顔で。






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