第3話
時刻は7:00。
次男の達也を起こしに行く。私の癒し君。
「みんな行ったよ。たっくんも、起きよ」
次男は小学校2年生。年が開いてできた3番目は孫みたいにかわいいと聞いたことがあるが、その通りだ。いつまでも、赤ちゃん扱いをしてしまう。
支度を済ませた達也と二人で朝食をとる。
「お母さん、どうしたの? 男の人みたいだけど……?」
「そうなの。でも、心配しなくていいよ。お母さんはお母さんだから」
「うん……。そんなことってあるの? 病気なの?」
心配そうに見つめる。
「うん。大丈夫だよ。さ、ご飯食べよ。」
次男が一番、繊細で優しい性格だ。あまり、刺激にならないように話をそらす。
「そうだ! 今日、お楽しみ会があるんでしょう? 楽しみだね!」
時刻は7:25。達也を楽しい気分にさせて、元気に送り出す。
今日は水曜日。平日で唯一、パートが休みの日だ。家族全員を送り出した後、ゴミを出し、洗濯物を干し、掃除機をかける。平日にしかできない用事や、溜まった家事を、水曜日にまとめてすることにしている。今日、パートが休みだったことに安堵した。
今日は、由美子とランチをする約束をしていた。由美子は、学生時代からの親友で、家族以上に私のことを知っている。これまでの恋愛遍歴から黒歴史まで、墓場まで持って行きたいような秘密すらも知っている仲だ。
「由美子には、一応LIMEで先に知らせとくか……」
夫にシェーバーを借り、何とか髭を剃ると、次は服装。日頃からメンズテイストの格好をする私には、代わり映えもなくGパンにロンT。もともと、165センチの身長だが、それでもGパンの裾が短くなっていたということは、175センチぐらいになってる?寸足らずだったが、おしゃれに見えるように着こなした。ただし、下着だけは窮屈で、息子の新品のボクサーパンツを拝借した。
時刻は11:30。
待ち合わせのカフェに着く。
「由美子!」
由美子を見つけて、席に駆け寄る。
「ちょっと、どういうことよ! 男になったって……」
言い終わらないうちに、口を押える。
「シッ! 声が大きいって!」
キャップを目深に被ったまま、席に着く。
由美子が落ち着くのを待って、帽子をとる。
「ほえぇ……。ほんとに男やん。声は美奈子のままだけど。しかも、まぁまぁイケメンやん!」
小声で話す由美子と会話を続ける。
「でしょ? 意外とイケてるでしょ? で、どう思う?」
「どう思う? ってどういう意味よ?」
「どうして、こうなったんだと思う?」
「いや、知らんし。こんなん聞いたこともないわ。」
前職は新聞記者で、今はフリーでジャーナリスト兼ライターをしている由美子なら、こんな奇想天外な話を聞いたことがあるか、期待していたのだ。
「そうよねー。さすがに聞いたことないよね……」
「ないねぇ。うーん……、私ら、そろそろ更年期障害の年やん。女性特有のホルモンバランスの乱れが関係してる……とか? ……いや、知らんけど」
「なるほどー。でも、私ずっとこのままだったら、困る……。また、元に戻るんだろうか」
「ちなみに、なにに困っとるん?」
「うーん……、そうね……。今のところ特に困ってないかな。人に会わなければ……特にね?」
「この年になるとさ、日常生活だったら、男でも女でも、そんなに生活スタイルは変わらんよね。人にさえ会わなければ?」
「そう、人に会わなければね。明日のパート、どうしようってとこかな」
「声は一緒だしさ、マスクしていつもの服着てたら、案外わからんかもよ? ちょっと、がっちりした感じなだけやし。普通にしてたら、疑わないって」
「そうだね、それでいくか」
パスタランチを堪能し、16:00までショッピングや、会話を楽しんだ。驚くほど、何の問題もなかった。
時刻は16:30。
次男が帰宅し、宿題を見てやりながら、夕飯の支度。洗濯を取り込み、子ども達のおたよりに目を通し、翌日の準備。19:00になると、全員が帰宅し、一緒に食卓に着く。最初は、家族から怪訝な視線を浴びまくっていたが、人間の「慣れ」とは怖いものでしばらくすると、私の男性化に全く興味を示さなくなった。変わらない日常を過ごす。
時刻は23:00。
奇想天外な一日を終え、ベッドに入る。
「あぁ、明日のパート大丈夫かな……」
一抹の不安がよぎる。その横で夫は気持ちよさそうに、いびきをかいて寝ている。悩んでいるのが、アホらしく思えてきた。
「とりあえず寝よ」
翌朝。時刻は5:30。
また、違和感を感じ、胸に手を当てる。
「ある!!(……いやない)」
股間を触る。
「ない!!」
こうして、私の男性化は、一日で幕を閉じたのだった。
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