第2話

 時刻は6:30。

 まずは、娘、悠紀ゆきの部屋へ。カーテンを開け、光を入れる。

「6:30よー! 電車に間に合わないよー」

「うーん……」

まだまだ起き上がる気配はないが、娘はこのまま放置。

 次は息子の部屋。広めの部屋を、二つに仕切って、息子二人が使っている。中学生の息子、智也を起こすために、布団を引きはがす。


「遅刻するよー! 今日はちょっと早く出るんじゃなかった?」

それを言うや否や、ガバッと起き上がり、制服を着始めた。智也はしっかり者で、学級委員タイプだ。

 次男達也は、まだ出発までに時間があるので、寝させておく。時差を作らないと、トイレと洗面所が混むのだ。


 私は一足先に降りて、お弁当詰めと水筒の準備。夫はもう、身支度が済んでいた。

「おま……、病院行っとけよ?」


「何科に行くのよ? 内科? 婦人科? 泌尿器科? ……心療内科を紹介されないかなぁ?」


「う・う~ん……」

お弁当を渡し、夫を玄関まで見送る。


 結婚してからずっと、『いってきますのキス(ほっぺにチュ)』を日課にしていた私達。いつまでもラヴラヴ♡というよりも、今や機械的にやっている儀式みたいなものだった。

 私がいつものように、チュッとすると、

「ひ、髭が……。髭を剃るのは、男の身だしなみや! 俺の使って、剃っときぃ」

「はーい」

「……てか、このやりとり、絶対おかしいよな? 頭おかしなりそうやわ。ほな、行ってくるわ。なんかあったら、電話してきい」

「わかった。いってらっしゃーい」


 ダイニングに戻ると、智也が、朝食をかきこんで、席を立とうとしていた。モグモグしながら、洗面所に向かう。寝癖を直して、歯磨きだろう。悠紀が眠そうに降りてきた。出発まであと20分もないのに、制服も着ずにまだゆっくり動いている。智也と入れ替わりで洗面所に入る。これから、まだ10分近く鏡の前にいることだろう……。鼻歌を歌いながら。


「俺もう行くわ!」

玄関に向かいながら、今日初めて私の顔を見る。


「え? おかん? 何か変やない?」

足が止まる。

「そうなのよ…。男になっちゃった。」


「はぁ?え?なに?ドッキリ?」

さすが、若い。この一瞬で、思考を巡らせ、様々な可能性を弾き出している。

「……わかんない。、遅刻するよ。はよ、お行き!」


「お……おん。え? でも? なに? は? きっしょ? てか来月、三者面談やねんけど? どないすんねん……?」


 思いつく限りのワードが飛び出し、錯乱しているが、妙に笑える。頭を何度もかしげながら、息子は、自転車で中学校へ向かった。


 髪の毛が満足にまとまったのか、鼻歌を歌いながら、悠紀がダイニングに現れる。あと、10分しかないのにまだ落ち着いている。


「今日もグラノーラだけでいいや」

スマホの音楽を聴きながら、目をつぶって鼻歌を歌いながら食べている。5分で食べ終えると、ここから駆け足で2階に上がり、3分ほどで制服に着替えて降りてきた。歯磨きを1分で終わらせ、バタバタとダイニングに来て、お弁当と水筒を大急ぎで鞄に詰め込む。玄関までダッシュ!


 それに合わせて私も玄関へ向かう。

「忘れ物ない?」

「うん」

「気を付けてね?」

「うん。行ってくる」

 

 靴を履き終わり、玄関の戸を閉める瞬間、私の違和感に気付いたようで、目が点になる。でも、二度見する間さえなく、口をパクパクさせながら、我に返り、駅までダッシュする一連の動きが、閉まりかけの玄関戸から、スローモーションのように見えた。




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