幕間 不破木 結生 ② 幕間 綾香

 幕間 不破木 結生 ②


 人の恨みは、どこで買っているか分からないですよね。

 売る気は無いのに、売っている自覚がある自分からしたら、猶更ですけど。


 諸々の件がひと段落して、バイトも辞めていた僕は、正直なところ暇を持て余していた。そんな時だったかな、誰かに襲われたのは。いきなり後ろからだったので、誰に襲われたかも分からなかったけれど、いま生きているということは、命までは取らないでくれたのかな。


 気づけば、病院のベットだった。


 頭をカチ割られていて、ズキンズキンと痛むが、命に別状はなかったらしい。

 恨まれる覚えが沢山あるのも困りものだけど、…。身体に障害すら出ないのは、

 復讐するなら、しっかりとやって欲しい。


 僕が目を覚ましたあと、親代わりの後見人であった弁護士のおじさんが、心配して顔を見せてくれた。僕の顔を見るたびに、心配しながら諦めた顔を見せるのは、どうかと思う。面会後に、おじさんから毎回指摘されてしまうお小言を、またやってしまった。

 人の心を見透かせたときに、自分がのが治らないのは、困りものだ。


 他には、興信所の人も来てくれた。

 依頼していた調査結果と共に、僕が眠っている間のことも、色々と話してくれる。


 菫さんが旦那さんと、やり直していくことは朗報だった。

 ただ…天から授けてくれた赤ちゃんを、●なせるのは


 旦那さんと会ってみて分かったが、揺れているのが僕には感じ取れた。

 我慢して、堪えて、冷静に対応しようと。優しい人だなって、フォローに回ることが多そうで、自分が矢面に立つことは、少なかったんじゃないかな。

 

 だから僕から、菫さんご夫妻へ贈り物をした。


 自分の部屋の管理を任せている、家政婦さんにお願いして、カメラにノーパソなど必要なものを病院に持ってきてもらう。頭を怪我しただけで、身体は動くし頭も働く。手早く作業をして、動画編集、心を込めた手紙を書き終えて…完成。


 この贈り物で、菫さんご夫婦の絆を固く結び直して欲しいという、願いを込めた。

 それを僕にも、見せて欲しくて。


 もし破綻するなら、僕が菫さんを幸せにすればいい。

 菫さんが僕を受け入れなかったとしても、その選択もまた受け入れよう。


 *


 期待を裏切らないでくれて、僕は嬉しかった。

 贈り物をした甲斐もあって…ここで奮い立たなければ男じゃないと。


 菫さんの旦那さんは、僕を●しに来てくれた。


 わざわざ、入院している病院と部屋番まで書いておいたのに、何もなかったら寂しいじゃないか。でもそんなことはなく、しっかりと期待以上の行動をしてくれた。

旦那さんがあの動画を見て離婚の選択はしないだろうけど、やり直すための心の持ちようが、難しくなるくらいかな。  

 

 そして…


 僕のことは蚊帳の外に置いて、夫婦で共に歩き出していくのか。

 それとも、感情に呑まれて…となるかは、3対7くらいだったけど、僕の予想は当たってくれたようだ。期待以上だったのは、僕を害する意思を持っただけ、ではなかったこと。

 しっかりと僕のことを、●す意思が感じ取れたのは、旦那さんに対する評価が上がったよ。菫さんは、愛されているんだって。


 お金で解決して気が済む程度なら、菫さんに向ける愛情は大したものではない。

 不貞行為による損害賠償だの、大人の対応だの、詭弁で自分を煙に巻くことでやり直そうなんて、土台無理な話だ。


 自分自身を偽って、誤魔化して、●ぬまで生き続けられる人間なんて…いやしない。途中で根を上げて、遅かれ早かれ菫さんと別れることになるのが、目に見えている。


 つついたのは僕だから、その報復を受けることも当然だろう。

 残念なのは、それを止める人が現れてしまったこと。

 止めた人がされた役割は、

 怪我をされた人が快方に向かって、胸を撫で下ろしたものだ。




 ちょっとした大騒ぎもあったけれど、無事退院できてよかった、よかった。

 興味深い体験だったなと、感慨にふけってしまう。


 そうそう、退院して帰宅途中にお婆さんが困っていたので、どう手助けしようと考えていたら、思わぬ救いの手があったんだ。今どき走っている車を停めてまで、心配してくれる人間がいるのだから、世の中も捨てたもんじゃないなと、気分が良かったよ。


 その後、お礼にお茶でもと部屋へ呼んだんだけれど、まさか菫さんの旦那さんの友人だったとは。世間は狭いなぁ。顔写真は覚えてなかったけど、波川さんご夫妻の調査書は


 特に波川さんの奥さんである綾香さんは、…を抱えてて好感持てるなぁ。それを抑え込めれずに…面白い。手緩てぬるいけれども、ガッツがあるじゃないか。探偵事務所を使ったまでは良かったけど…、ハズレを引いちゃったか。守秘義務なんて、お金次第で紙屑のように蔑ろにされるのは、当たり前なんだけどね。

 

 最後がちょっと、日和っちゃったところが…僕としてはマイナスだけど。

 途中で正気に戻ったか、萎えちゃったのかも。その方がいい。

 

 別に、波風立てたいわけじゃないけれど、波川さんに失礼だよね。散々気持ちよく罵倒してくれたんだから、僕の少しくらいの意地悪は許して欲しいな。大雑把な行動確認調査を依頼して、気長にタイミングを待とう。


 ん~生き甲斐が沢山あることって、人生を豊かにしてくれる。

 僕の生活の潤いに貢献してくれて、感謝しないと。


 響一さんとは、友人になれそうだったから、ちょっと残念だけど。

 このご夫妻も、きっと僕に光を見せてくれるだろう。


 菫さんの、ときのように。





 特別でもなんでもない

 普通のどこにでもいる

 素質や才能でもなく

 だれもが…こうなる可能性をもっている

 歪んだナニカになる可能性を…


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 幕間 綾香


 菫から浮気の相談を受けた時は、本当に驚いた。菫がなぜ? という疑問と驚きで正直、最初は冗談を言われていると思った。友也君との結婚式には夫である響一と共に出席し、仲睦まじい姿も見てる。


 夫婦仲も良好で私も負けないくらい響一と仲良くしなきゃ、なんて思ってたくらいだ。そんな菫から相談された時、私は菫のことよりもをしてしまった。


 大丈夫、絶対にバレたりしない。、もう終わったことだから…。その自信はあったけれど、まさか身近で浮気の問題が浮上し、焦ることになるなんて。


 本人が言うには、情に絆され身体を許してしまったけれど友也君のことを嫌いになったわけじゃない。どうでもよくなったとかでもなく、その浮気相手の子が彼女に振られ落ち込んでいたのを慰めているうちに、向こうが熱を上げて菫に猛アプローチしてきた。


 隙があったのも確かだけど、夫がいることも伝えてきちんと拒否していたのだけれど、同じ職場で過ごすうちに親密になり、そして…。


「ハッキリ断ったの。でもしつこいとかじゃなくて、さりげなく優しくされたり助けられた時とか、思ってもみない時に好きですとか、可愛いですとか…。それとあの目が…吸い込まれるような瞳が、何度も見てるうちに…。最後の思い出に、一度だけならって」 


「バカッ! 友也君のこと、頭によぎらなったの!? 浮気なんてしたら、最悪離婚だってありえるって! 」


 冷静になろうとしても、声を荒げてしまう。


「わかってる! 思ったの! 何度も思ったの! でも………」


「じゃあなんで…」


「わかんない…バカだったのは、わかってる…」


「すぐに友也君に言いなさい。そして誠心誠意謝るの!」


「ダメ! 言えない…怖くて言えないよぉ…」


「菫ぇ…」


 涙を流し震えてる菫を、自嘲しながら抱きしめることしかできなかった。

 



 *



 タイミングが良かったのか悪かったのか…。響一も含め懇意にしている友人メンバー全員に、菫の浮気はバレることになった。


 友也君は即離婚とはせず、菫と話し合いをしてくれて、一度だけなら許すと歩み寄ってくれた。菫が誠心誠意謝り、大変だろうけど友也君に尽くし続けることでいつか赦してもらえたら。友也君は可哀そうだけど、優しい旦那さんでよかったと、少しだけほっとした。


 でも、然うは問屋が卸さなかった。


 菫のお腹の中に赤ちゃんが、それもたった一回で浮気相手の…。

 菫は取り乱しながら友也君に縋りつき、泣きながら謝り続けていた。


 なんで? どうして? そんなの決まってる…浮気したからだ。


 菫の泣いてる姿は、いつか訪れる未来の私の姿…だったのかもしれない。





 

ほぞを噛む




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