しいたけ

橘水海

しいたけ

「見てこれ! きのこ生えた」

 犬飼の右腕に、一本のきのこが生えた。それも、椎茸。俺は椎茸が嫌いだった。

「なんで椎茸なの。しめじでもいいじゃん」

「たしかに! せっかくなら舞茸がよかったなあ」

「舞茸好きだっけ」

「ううん」

 そんなやりとりをしたのが、三日前。犬飼の椎茸は目に見えて大きくなっていた。すでに十センチはあるだろう。

「やばくない? 切り落とした方がいいよ」

「えーやだよ。愛着湧いてるもん」

「いや、それ以上でかくなったら不便だし」

 キッチンから包丁を持ってきて、犬飼の椎茸に刃を当てる。

「痛っ!」

 犬飼は声を上げ、椎茸を手で覆った。そして、俺のことを酷く蔑んだ目で睨んだ。

「最悪! もう絶交だ!」

 犬飼はそう言って、遠くへ引っ越してしまった。

 全部あの椎茸のせいだ。俺は犬飼に生えた椎茸を呪った。もともと嫌いだったが、もっと嫌いになった。あのきのこの種を一つ残らず駆逐したい気持ちに駆られる。生えるなら俺に生えればよかった。それなら、躊躇なく切り落とせたのに。

 数年が経ち、俺は社会人になった。そして、椎茸が生えた。

 朝目覚めたら、腕に違和感があった。見ると、三センチほどの椎茸が生えていた。俺は絶望した。あの日、犬飼に睨まれた理由を理解した。

 俺は必死になって犬飼の居場所を探した。思っていたよりもすぐに見つかり、二つ隣の県で教師をしていることがわかった。犬飼のいる学校を突き止め、校門前で待っていると、夜八時頃、犬飼が出てくるのを見た。

 彼の腕には何も生えていなかった。

 俺は苦しくなって、その場から逃げ出した。その日は雨だったが、フードも被らずびしょ濡れで町中を走った。駅に着いて椎茸を見ると、それはとても大きく、十五センチほどになっていた。

 アパートへ戻ると、俺は包丁を持ち、椎茸の根元に刃を当てた。とても痛かった。数時間かけて、椎茸を切り取った。血は流れなかった。

 それ以降、椎茸は生えてこなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

しいたけ 橘水海 @tachibana-minami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ