第52話 番外編⑦:王立茶葉研究所設立秘話 恥ずかしくて死にたい!


(どないしよう。王都に居続ければ、他の貴族の子ぉらとも交流せなアカンやろし……嫌や。皆何考えてるのかわからんし、私の言葉や考えがオカシイてからかうし……)


「お、王都の水が……合わんので」


「水? 飲む水か?」


(むう、比喩やったけど……もうそういう事にしとこ!)


「そうなんよ! やっぱり私にはカンサイの水瓶、琵琶リュート湖の水が一番や! あれで淹れた紅茶でないと、なんか飲んだ気がせえへんの!」


「……そうか」


 "ちくり"


「……?」


 あきらかにがっかりした顔の王子。それを見たディアナは胸に小さな痛みを感じ、そしてその痛みがなんなのかわからず不思議に思います。しかしすぐさま顔を上げた王子の言葉に度肝を抜かれました。


「……じゃあリュート湖の水を王都まで引っ張ってこないとな! これはバクフ王国始まって以来の大規模な治水工事になるぞ」


「なっ、何ゆうてんの!? リュート湖から王都までって無茶苦茶やろ!?」


「はははっ。冗談だ。そんな事をするくらいならお前にこちらの水に慣れてもらった方が早い」


 王子はこの日一番の笑顔になりました。先ほどの冗談で酷く驚いたせいか、ディアナの心臓の鼓動が早くなります。


「……まぁ、冗談でもこんな事を考え付くのは、お前のせいだな」


 一転、エドワード王子の頬がほんのりと染まり、黒く長い睫に縁取られた宝石のような翠の瞳が優しくディアナを見つめています。僅かに色気まで醸し出されたその美しい微笑に、周りの侍女からは小さな溜め息まで漏れました。


「え? え?」


 ディアナの心臓は更に早く高鳴り、ドキンドキンという音が王子に聞こえてしまいそうです。


「今日だけで、どれだけ事を言った? お前はやっぱりとても変わってるな」


「……!!!」


 王子の言葉を聞くやいなや、ディアナの首、顔、耳の先まで血がのぼり真っ赤になりました。


(やっぱり私のカンサイ弁がオカシイて……いや、それよりも! よくよく考えたら、私"ど阿呆"とか"お花摘み"とか"見損なった"とか言うてもうた!! わ、わああああ、殿下に何言うてんの!? ど阿呆は私の方や!!!)


「…………で、でんか」


「ん?」


「ほんじつのかずかずのひれい、こころよりおわびもうしあげます……どうか、かんだいなおこころをもって、ワタクシのはつげんはなかったことにしていただけませんか」


「え!?」


「では、しつれいいたします……」


「おい、ちょっと……ディアナ!」


 再び人形のような無表情で(ただし顔は真っ赤なまま!)サッと淑女の礼をとり、ディアナはくるりと踵を返してサロンを退出しました。

 そのまま少女の足とは信じられない程の、素早い早歩きで王宮の出口に向かいます。


「お嬢様!」


「ディアナ様!」


 ドロランダとセオドアが慌てて追いかけてきますがディアナのスピードが緩むことはなく、むしろ更に増したようです。


「!!」


 走ってきたセオドアがディアナの前に回り込んでぎょっとしました。ディアナは赤い顔のまま、涙をぼろぼろとこぼし鼻水まで垂らしそうになっています。


「ど、ど、ドロランダぁ~」


「お嬢様、大丈夫ですか?」


「無理、無理や……どうしよう。恥ずかしくて死にたい……」


「そんな事を仰らないで下さい」


「だってぇ……うぐっ、ひっく。あんな事言ってしもた……殿下が、殿下が『オカシイ』て……『変』やて……もう、全部無かったことにしたい……!! うっ、うええ……!!」


 ドロランダに抱きつき、しゃくりあげるディアナ。セオドアはその様子を見てそっと離れ、サロンに戻ります。


「セオ、ディアナは?」


「かなり恥ずかしがっておいででした。淑女レディのあのようなお姿をじっと見ているわけにもいきませんし、引き留めるのも難しいと判断しました」


「そうか、恥ずかしがって……」


 暫く嬉しそうに思案する王子。


「なぁ、セオ。ここだけの話だが……」


 エドワード王子はセオドアにだけ聴こえるような小声でそっと耳打ちをします。


「将来彼女を妃に迎えたいと言ったら、お前は反対するか?」


「……いいえ。見た目のお美しさや家柄だけでなく、あの頭の回転の早さ、下々の者や民を思う心、殿下への諫言も厭わない強いこころざし。……どれを取っても素晴らしいご令嬢だと思います」


「そうか。お前もそう思うか……ふふふっ」


 満足げな王子に、セオドアは後に続く言葉をそっと噛み殺しました。


(……ただし、あのご令嬢を口説くのはなかなか難しそうな気も致しますが)


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