第53話 番外編⑧:王立茶葉研究所設立秘話 そして記憶は封印された

◇◆◇◆◇◆



 三月みつきほど経った後。

 カンサイに戻ったディアナに王子から贈り物が届きました。

 中身は『王立茶葉研究所』のラベルが貼られた紅茶と、この紅茶が一番美味しく飲める淹れ方のレシピ、そして瓶に詰められた水です。

「これで旨い茶を飲め」と王子からの一言も添えられています。


 今日はドロランダがディアナの兄、ヘリオスに付いて行ってしまった為、別の侍女がディアナに付いています。彼女は箱の中身を見て興奮しきりです。

 興奮し過ぎたためか、敬語にかなりカンサイ訛りが混じっています。


「こ、こ、こ、これ! 王立茶葉研究所ブランドの最高級のお紅茶! めちゃめちゃ高いけどめちゃめちゃ美味しいって噂ですよ!」


「へぇ、そうなん?」


「そうです! なんでもエドワード殿下がこの国で一番お茶を淹れるのが上手な三人の侍女を紅茶専属に引き立てただけでなく、日々お茶の研究をするよう一棟の建物を与えたそうですよ! もう全国の下級貴族の娘達がそこに勤めたい~って目の色を変えているらしいんですわ!」


 早口で説明する侍女の言葉に、首を傾げるディアナ。


「うん? なんかどこかで聞いたような話やな……。気のせいか。異国や過去の歴史の話でも王立でそんな研究所を作ったって話は聞かへんもんな?」


 どうやらこの侍女は王子のファンなのか、いやに力のこもった話をします。


「そうですよ。エドワード殿下のオリジナルのアイデアです! しかも凄いんは、研究に使ったお茶を『勿体ないから有効利用することも考えろ』って仰ったんですって。王族やのに私達カンサイの人間には親近感を覚えませんか?」


「ああ、それは好感度があがるなぁ。有効利用か……お茶を淹れた後の茶葉は干して食べたり肥料にする、みたいな事を本で読んだ気がするけど」


 侍女が待ってましたという感じで話します。


「それがですね! 二番煎じを街の人に無料タダで出してるんですって!」


「二番煎じ???」


「二番煎じというのは、一度お茶を淹れた後の茶葉を捨てずに、もう一度お湯を入れて二杯目を煎じる事です。『勿体ない』の究極形です! 私達使用人もたま~にやっとります」


 ディアナは目をぱちくりとさせました。


「……え、そんなんで、お茶の味、出るの?」


「良い茶葉ならバリバリ出ます! まあ味と香りは一番目には大きく劣りますけど……でもでも、普段紅茶も満足に飲めない庶民から見れば、二番煎じでもめちゃめちゃ贅沢な一杯やと思いますよ!」


「ふうん……捨てるはずのもんを有効利用として、タダで街の人に振る舞うのか……おもろい試みやな」


「しかも! 予想外に良い効果があったらしいんですよ!」


「へえ、どんな?」


「私も庶民の出ですからわかるんですけど、日雇いで働く男の人って、その日の稼ぎを酒代にしちゃう人がちょこちょこいるんですわ」


「え? 稼ぎを!? 家族はおらんの!?」


「これが、おるんですわ……当然妻と子供は困るわけでしょう? だけど怒っても泣いても止めてくれない」


「はぁ……気の毒な話やな」


「それがですね。なんと砂糖をたっぷり入れた二番煎じのお茶で解決したらしいんですよ!」


「??? さっぱりわからん。なんで?」


「日雇いで働く仕事っちゅーのは、キッツい仕事が多いんです。寒空の下、重労働だったりするわけです。仕事が終わったら、どうしても温まりたいし疲れを癒したいと思いますね?」


「ふんふん」


「今まで彼らは温まりたいとか疲れを癒したい為に、手に入れたばかりの稼ぎを持って手近な酒場に行っていたんです。そしてついつい稼ぎの全てを酒代に換えてしまう者もいてました。でも酒場に向かう途中で温かくて甘い紅茶をタダで飲めればどうなると思います?」


「温まって、砂糖のお陰で疲れも少し和らぐなぁ……あぁ、お酒の必要が無くなるのうなるってこと?」


「そうです! そやから彼らの内の半分以上は、酒場に行かずにそのまま家に帰るようになったんですよ!」


「……なるほど、それは凄いわ」


 ディアナは深く息をつき、感心しました。侍女は興奮覚めやらず、立て板に水のごとく喋り続けます。


「ねっ、ねっ、私、その話を聞いてすっかりエドワード殿下と王立茶葉研究所のファンになってしもて! 飲んだくれ亭主を持つ妻や子供のヒーローですよ! もー、そこの紅茶が、しかも殿下直々の贈り物なんて! 目に映るだけで嬉しいですわ!」


「え、そんなにファンなら……これ、ちょっと飲む?」


 ディアナの気軽な提案に、これ以上ないほど動揺する侍女。


「だだだだだ駄目です!! とんでもない! これは殿下からディアナ様へ贈られたものですからディアナ様以外は飲んだらあきません!!」


「……あ、うん。ごめん。……じゃあ私が全部飲むけど、飲んだ後の二番煎じは好きにして?」


「え!? ホンマですか!? ありがとうございます……!!」


 感激に震える侍女。彼女はうっとりとしてディアナに話しかけます。


「でも特にお祝い事や記念日でもないのに、こんな贈り物を下さるなんてエドワード殿下とディアナ様はとっても仲良しなんですねぇ……」


「うん?」


「え?」


「仲良し……なんかな?」


 首を傾げるディアナ。その目は本心で不思議がっている様子を表しています。


「え? だって、何度も王宮にご招待されたとドロランダさんから聞いてますけど!?」


「それはそうなんやけど……王宮で何を話したか、さっぱり覚えてないねん。思い出そうとするとなんか……こう……嫌~な感じに」


「まあ、殿下がお相手やったら緊張して何も覚えてないのも無理ないですわ。私だったら心臓が口から飛び出るかもしれません!」


「ふふふ。そうかもしれんね。……あ、でも」


「でも?」


「黒い髪の毛がシャボン玉みたいに光ってね、翠の瞳がとっても綺麗で見惚れてしまうような王子様やったのは覚えてるわ」


 ディアナは少し頬を染め、はにかみながら言いました。




――――――――――――――――――――

【後書き】

……というわけで、ディアナの幼少時の記憶は、ドロランダもエドワードにも気づかれぬまま封印されてしまったのでした。(終)


もう少し二人が大きくなってから王家からアキンドー公爵家に婚約の申し入れがあるわけですが、ディアナは自分が好かれてる自覚が全くない&エドがヘタレっぷりを発揮してディアナに告白しないもんだから、100%政略結婚だと周りの全員が思ってましたね……。


次回は、オマケの人物紹介です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る