第37話 ~幕間④~公爵令息は妹の従者にずっと連戦連敗である・後編
「も~、カレン
「あら、お顔を傷つけなかっただけでも手加減してるのよ。この美しいお顔はヘリオス様の最大の武器ですからね。キャリー、貴女も主を持つシノビならわかるでしょう? 今のヘリオス様の言葉は
キャリーと呼ばれたピンクブロンドの少女……元、偽物のフェリア・ハニトラ男爵令嬢は、カレンに言われて一瞬だけ詰まりましたがすぐに答えてみせます。
「え?……あー、主至上主義! 主以外に大事な
「あれは例外。ドロランダさんは最初の赤ちゃんの時に世話係やシノビを引退して公爵家を去るつもりだったの。でもその優秀さを惜しんだ旦那様が引き留めたから、今は殆どシノビの仕事はしないのよ。今だって育児休暇を前倒しにして戻ってきて貰ったのは、私や他のシノビ兼侍女がこの洗い出し処理で忙しいから、ただの使用人としてそこを埋める為なのよ」
「じゃあカレン姉も例外になれば良いじゃん。ただの優秀な侍女として
「ドロランダさんとは状況が違うわよ。ヘリオス様との関係が婚約だけならまだしも、ゆくゆくは結婚したら? 『王太子妃の側仕えの侍女が、その実家である公爵家の嫡男と結婚しました。しかし表向きは領地で静養中として出てこない。実際は別人のフリをして側仕えを辞めていません』……よ?」
「あははっ。ふたつの顔を使い分けていつでも王宮と公爵家を行ったり来たりできる! 完全に公爵家の
「でしょう? こっちはそんなつもりはさらさら無いのに、疑われるだけで百害あって一利なしよ。……キャリーは理解が早くて助かるわ。良い子ねぇ。おまけにすっごく可愛いし」
誉められた彼女はうふっと軽く笑い、次いでその大きな瞳を潤ませてあざといポーズでカレンの顔を見上げました。
「……ねぇ、今のは王の詭弁だったとしても、その前の愛の言葉は本物だと思うの。だからあたしの王を許してあげて? あたし今までカレン姉とは会った事がなかったけど、今回の事でシノビとしても女性としても憧れになったの! ふたりがケンカしてるの見たくないなぁ~」
まるで小さな子供がごほうびをおねだりするように無垢な表情を作ってみせたのを見て、カレンは心の内で感心します。
(最大の武器がその顔ってのもだけど、使い方の上手さも主と同じね。……あら、良い事を思い付いた)
「げほっ……キャリア、その"王"というのはやめろと……ごほっ、何度言ったらわかるんだ?」
やっと声が出せるようになったヘリオスが抗議すると、キャリアは自分の桃色の髪の毛をくるくると弄びつつ、少し間抜けな少女をよそおう口調を崩さずに返答します。
「ええ~、人前では言ってないんですから許して下さいよぅ。あたし、初めてお逢いした時から『この方こそ王の器だ!』と思ったんですもん! それに、その気になればクーデターを起こしカンサイ国を独立させて次の王様になる事も可能でしょ?」
「ごふっ、物騒な事を……言うな!」
「確かに物騒ですわね。キャリー、そんな可愛い天使みたいな顔をして言う事じゃないわよ?……ねえ、ヘリオス様も天使みたいだと思うでしょう?」
「げほっ……いや、ディアと同列に扱うのはどうなんだ」
「お嬢様はとっくの昔に女神に昇格しておりますから」
「ごほん……ならば……まあ、そうだな。見目は天使のようだ」
主に誉められたキャリアが、まるで犬のように瞳をきらきらと輝かせます。その横で全く違う種類の光を目に宿らせ、ニイッと笑うカレン。
「良かったわね、キャリー。もっと頑張って誉めて貰いましょう!」
「うん、カレン姉!」
「まずは、今やっている洗い出し処理の手伝いね。……それから空き時間にこれを覚えて貰える? ちょっと量が多いけれど」
カレンは棚から綴じた書類の束をいくつか取り出し、机にドサリと置きます。
「ん、これっぽっち? まかしてよ。戦闘はカレン姉みたいに得意じゃないけど、これでも
額を指差してドヤ顔をするキャリアの方をふっと見たヘリオスが、カレンが置いた書類が何だったのかに気づき、顔色を少しだけ失います。
「待て、待てカレン……! げふっ」
「流石ね~。賢くって可愛くって何でも教えたくなっちゃう!
「ごほっ……それはお前、キャリアを」
「貴女はヘリオス様の
「ダメだ……カレン! げほっ、げほっ……アカン!」
「私が色々教えてあげるわ! 私の分までヘリオス様を
「うん! カレン姉!」
「それはアカンて!! カレン!!! ごほっ、げほげほ……」
部屋の中にヘリオスの絶叫と咳き込む音が響き渡りました。
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