第38話(★書き下ろしエピソード)~幕間①~人を呪わば穴二つ
【前書き】初稿では暗い話のため、カットしていたエピソードです。現王妃への「ざまぁ」的な話になります。今回カクヨムさんに投稿するにあたり書き下ろしましたが、暗い話が苦手な方は飛ばして頂いて第41話に進んでも問題ありません。全三話構成になっています。
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金糸銀糸を編み込んだ美しい布や、芳しい香水を内包した、見事な細工の香水瓶。大粒の宝石が嵌め込まれた装飾品に、珍しい装丁の本等々、煌びやかな品々が離宮に運び込まれました。
いずれも現王妃であるテレーザ妃へ、常日頃から御用聞きを務めている馴染みの商家が届けた商品です。
これだけの品に一体幾らの金が支払われるのか。想像した部屋付きの侍女は心の中で自分に言い聞かせます。
(だめ。粗相があってはいけない、粗相があってはいけないわ……)
しかしそう思えば思う程、品々を運ぶ手が震えてしまいます。万が一取り落としでもすれば、自分の年給でも払いきれるかわからない弁済費用に加え、王妃に鞭で背中を何度も打たれるくらいは覚悟せねばなりません。
何故なら、世間には「病に蝕まれ離宮に籠る
震える指先で最後の品を王妃の前に置いた侍女は、ほっと小さく息を吐き、しずしずと扉の脇まで下がります。が、数分後にはまた肝を冷やす事になるなど、この時は予想だにしていませんでした。
「ふふ……」
贅を尽くした光景を眺め、満足そうに薄い唇を弧にしたテレーザ妃は品定めをして行きます。やがて本のひとつを手に取り、パラリと捲っていきました。
「!」
中のとあるページを読んだ途端、王妃の顔つきがみるみる変わっていきます。顔全体を朱に染め、眉を吊り上げ眉間に深い皺を刻み、鼻から口周りにかけてもぐわっと皺が目立ちました。それまでは色素の薄い上品な顔立ちだったのが、まるで恐ろしい悪鬼かの如く変貌する
「な……んっ」
王妃の細い指が鷲掴んだ本のページは、ぐしゃりと無念の音を立てて破れ、皺だらけになりました。
「……この!!」
彼女は本を投げようとしましたが、すんでのところでハッと思いとどまります。感情のままこれを床に叩きつければどうなるか、数瞬先を想像したのです。
昔、彼女がエドワード王子を毒殺せんと金で買収した侍女は毒殺に失敗しただけでなく、少しの
しかし前王妃の死に関わる確実な証拠が見つからなかった事と、テレーザ妃が祖国から連れてきた最も近しい侍女が「エドワード王子毒殺未遂事件の首謀者は自分であり、妃殿下はこの事を御存知ではない」と捨て身の告白(勿論嘘です)をした事から、公にテレーザ妃が責められる事態は避けられました。けれど代わりに国王はこう言ったのです。
「妃は重症の
それによりテレーザ妃は病人として無理やり離宮に閉じ込められ、告白をした侍女の懲罰はもとより、それ以外の親しい使用人も全て解雇され祖国に返されたのでした。今、彼女の部屋付きの護衛や侍女は全て国王側が手配した者ばかり。きちんと仕事をしてはくれますが、王妃を崇拝することはありません。常に彼女を監視し
それでもテレーザ妃は懲りてはいませんでした。
彼女は離宮で監視の目をかいくぐりながら長年の間少しずつ、少しずつ、地盤を固めて来たのです。出入りの商家を取り込み懇意にし、そこを通じて反王家の人間達と連絡を取っていました。外部の人間と公に接触できない王妃の主な連絡方法は、商家への注文と、商家が納めた本の間にしのばせた手紙。
王妃は投げそうになった本をぐっと握ります。このまま投げれば本に挟まれていたメモが飛び出し、侍女や護衛に見られてしまうかもしれません。そこで、あくまでも激昂した顔を維持し、そのまま暖炉に歩み寄りました。
「こんなくだらない本をよこして! あの者はクビよ! もう
そう言い、本を暖炉に投げ込みます。暖炉の赤い火が舐める様に本を包み、あっという間に燃え上がりました。当然、そこに挟まれたメモも抹消されます。中をテレーザ妃以外の者が知る事はありません。そこにはこう書かれていたのです。
『誠に申し訳ございませんが、妃殿下とのお取引は今回を持ちまして最後とさせていただきます。
“烏”はテレーザ妃がエドワード王子につけた蔑称。“西”はアキンドー公爵家を指します。エドワード王子が男爵令嬢に絆されて婚約破棄をするかもしれないと聞いた王妃が、それに乗じて王子の失脚を目論み、密かに反王家の者が周りを煽るように指示を出していたのです。が、この工作が国王に知られれば今度こそ彼女は赦されません。馴染みの商家は自分まで巻き添えを食わない内に、手切れ金代わりに豪華な品を送ってきたという事でしょう。
王妃もそれを汲み、敢えて自分から商家を切ってやったという演技を見せる程度の冷静さは残していました。しかし立てた腹を簡単にはおさめられません。今までじっくりと築いてきた裏の人脈が全て断たれたダメージは相当なものがあるからです。
「興が削がれたから、もう今日は休むわ」
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