第35話 ~幕間②~公爵令息の想い出・後編
赤い顔で精一杯威厳を保とうと怒る公爵令息の態度にも、ドロランダは動じずしれっと返します。
「まさか! ヘリオス様は私の大事なお坊っちゃまですからね。……そうそう。僭越ながらこの私めが大事なことをふたつ申し上げたいのですが宜しいでしょうか?」
「なんだ!?」
「ひとつ目は、ヘリオス様がシノビを将来使うのならシノビについての知識と理解が必要という事です。
ヘリオスとディアナの世話係、そしてシノビとして主のアキンドー公爵に仕えるドロランダは微笑んで続けます。
「そういったシノビは常に主の為を考えて動きます。主の命令は基本的に絶対服従ですが、その命令が主自身を脅かすものであれば敢えて諫言をする者もいるほどです。カレンは生まれた時からのシノビです。もうあの歳で"主とは何か"を肌で理解しているのです」
「……」
(あれは諫言ではなく反発だった……。僕はまだ、あいつに主だと認めて貰えないと言うことか)
ヘリオスは苦い顔で下唇を噛みました。
ドロランダは自分が匂わせた内容をきちんと理解した様子のヘリオスの聡明さに感心と満足の笑みを浮かべ、話を切り替えます。
「ではふたつ目です。……これは相手がシノビですとか、女性であるか等とは全く関係ないのですが。例えば、これから仲良くしたいと思う人間との距離を縮めるためにはどうしたら良いと思いますか?」
「話すとか、贈り物とか?」
「そうですね。まずは話し合うこと。中でも劇的に効果があるのは"共通の敵が存在すると相手に認識させること"です。敵の敵は味方というでしょう?」
「!!」
「しかしこれは毒を薄めて薬として使うような物で、劇的に効果はありますが長続きしなかったり、デメリットが付いてきたりします。そこでお薦めは"共通の趣味があると相手に認識させること"です」
「しかし、あいつに趣味なんて………あ。」
「ふふふ。趣味とは、何も遊びや特技に限りません。好みや愛でる物も含みますね?」
「……ディアナか」
「そうですよ。ディアナお嬢様に嫉妬したり八つ当たりをしても逆効果です。お嬢様と一緒に三人で楽しく過ごせば状況はきっと変わりますよ?」
「……わかった。……でも! 僕はディアナに嫉妬なんかしてないからな!」
ヘリオスはそう言うと、カレンとディアナを探しに世話係の元を去ります。その後ろ姿を見てニィ~と笑うドロランダ。
「うふっ。坊が素直なのって良いわねぇ。坊と仲良くするように是非カレンも誘導しなくっちゃ!」
ヘリオスがディアナの部屋を訪れると、長椅子の端に座るカレンの膝を枕にしてディアナは眠っていました。
「……昼寝か」
小さな声でカレンに言うと、彼女はコクリと頷きながら優しい伏し目でディアナの顔を眺め、髪の毛を撫で、整えています。そのカレンの長い睫からディアナの寝顔に視線を移すヘリオス。
ディアナはすうすうと寝息を立てています。薔薇色のふくよかなほっぺたとカレンよりも更に長い銀の睫が愛らしさをより際立たせているのを見て、ヘリオスは先程のカレンの言葉を思いだし呟きました。
「……天使、か」
カレンが音もなく素早く顔をあげ、ヘリオスの方を見ました。ヘリオスも目を合わせると今まで見たことのない彼女の表情がそこにあります。
目に力を込め口は一文字に引き結んでいるのに、いつもの挑戦的な態度はひとかけらもありません。むしろこちらの意見を強く肯定するような、喜びを爆発させるのを必死で止めているような様子で、小刻みにコクコクと首を縦に振っています。
ヘリオスは思わず口元が緩みました。
「ふっ。お前はそういうが、天使にしてはちょっと目が吊り上がってるし髪も綺麗な銀髪だろ。見た目だけならむしろイタズラ好きな雪か氷の妖精……のほうがぴったりじゃないか?」
「んんんッ。それも捨てがたい……でもお嬢様はイタズラ好きとはちゃいます!」
ヒソヒソと……しかし嬉しそうに
「まぁ、見た目のイメージだからな。名前のイメージだとそのまま『月の女神』だが」
「あーそれ、お嬢様の未来確定ですわ。旦那様と奥様の名付けセンス凄すぎません? もう天才かと」
(……それ多分、
「……ふぇ?」
興奮を抑えきれないカレンがほんの少し動いてしまったためか、ディアナがパチリと目を開けます。ヘリオスはディアナに優しい眼差しを向けて言いました。
「お目覚めかい、妖精さん? 僕の世界で一番可愛い妹」
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