第31話 公爵令嬢は慰謝料を請求すると誓う①

「……っ、もー! せやのうて……そうじゃなくて!!」


 赤い顔を隠しながらドロランダに抗議するディアナ。ここは公爵邸の庭園で開かれているごく私的なお茶会のため、ディアナは外面ではなく本音で標準語を使えるよう練習中です。


「私は王立茶葉研究所の設立について訊いたのに、なんで小さい頃の話をしてん……してるのよ!」


 ドロランダはニッコリして答えます。


「ですからこれがきっかけですわ。あれから殿下は、新しい茶葉が手に入ったとかお茶を淹れるのが上手な専属侍女を雇ったとか理由をつけては王宮へ誘ってたでしょう? お嬢様が紅茶が好きなのだと思われていたのですね。一度なんてお嬢様が殿下に『お茶が勿体ない!』と言った事さえございましたわ」


「……全然覚えてないわ」


「あらあら、殿下に『言葉も内容もおかしい』と言われたのがよほどショックでしたのね? あれから殿下に会う時は殆ど標準語の外面でお人形のようでしたし。あの後すぐに領地カンサイに引っ込んで王都には大きくなるまで寄り付こうとしませんでしたもの」


「……むぅ……そんな事……は……。殿下一人でのう……なくて! 王都の貴族の子ぉは全員何考えてんのかわから……ないし、話が合わなかっただけだもの……」


 むくれたディアナを見ながら、テーブルの向かいに座るアリスが頬を染めつつ言います。


「ひえええっ、尊いですわ! ドロランダさん、これっておふたりは小さな頃からの初恋同士って事ですわね?」


「もう! アリス様ったら! あくまでも他人の恋愛事ですのよ。そこは根掘り葉掘り訊かないのが令嬢としての美しい振る舞いですわ! ねぇシャロン様?」


 ミレーユがアリスを嗜めますが、それは建前だけのようで彼女自身もニヤニヤが止まりません。話をふられたシャロンも同様で、コクリと頷きながら膝の上の小さな手帳に高速でメモをとっています。

 エマは笑いながら紅茶を飲んだ後、真面目な顔つきになって言います。


「そこも気になりますが、私は殿下に毒を盛ろうとした勢力が気になりますわね。とは誰ですか?キチンと排除されたのでしょうか?」


 ドロランダは侍女らしい微笑みを崩しませんが、そこに何らかの圧力のような物を覗かせます。『この件に関しては他言無用』と言外に匂わせているのでしょう。


「ああ、その事は全く問題ありませんわ! 国王陛下が色々と手を打ってくださいましたし。殿下自身もあの一件以来、とても良い方向に変わったのですから」


「変わった?」


「今、皆様の知る殿下のようになったのです。以前は周り全部が敵かのようにピリピリとなさっていたのがにこやかになりましたし、年の近い従者を置き、信頼するようになったのですよ」


「ああ、セオドア様の事?」


「そうです。あの方はお嬢様にとってのカレンのように信用できる存在ですから、殿下への危険は常に察知し排除致しますわ」


(ああ、やっぱりセオドア様はドロランダの知っているシノビだったのね。それに私にとってのカレンみたいな存在なら、あんなに殿下にキツく言っても不敬扱いにならない訳だわ。ふふっ)


 ディアナがドロランダの話に心の中で納得していると、シャロンが控えめにおずおずと訪ねます。


「あの……今日はカレン様は? あの、ドロランダさんは流石公爵家の立派な侍女さんでいらして、決して他意はないのですけれど……いつもディアナ御姉様とご一緒のカレン様がいらっしゃらないのが不思議で……」


 ドロランダが一瞬ニヤリとしたのは気のせいでしょうか。


「申し訳ございません。カレンは今少々忙しくしておりまして。今回の件の後処理に駆け回りながら、合間にヘリオス様に"ざまぁ"もしていますからね」


「ぷっ」


「「「「ざまぁ?」」」」


 四人の『赤薔薇姫の会』のメンバーが首を傾げる横で、その状況を思い出して吹き出したディアナが慌てて顔を繕いながら答えます。


「そうなの。お兄様は酷いのよ。今回の事、本当は私じゃなくてカレン絡みで始めたん……だわ。だからカレンがずーっとお兄様に『ざまぁ』って言い続けてるのよ」


 ディアナの言葉を受けてドロランダが説明します。


「ヘリオス様は今回一番はじめに旦那様と奥様を説得する必要がありました。殿下とお嬢様の事を"二人は冷めた関係だ。強引に政略結婚の駒にするなど妹が可哀想だから、二人を試す。俺の見立てが間違っているなら首を賭けても良い"と主張していたそうです」


「首を!?」


 ギョッとする四人の令嬢達。


「殿下に色仕掛けの女性を差し向けるなんて、どう考えても王家への反逆者ですもの。ヘリオス様の首ひとつですむならまだマシですわ。ですが陛下に直接の了承を取り付けたことで、奥様と『賭けに負けたら首を差し出すのではなく、婚約者を選び身を固める』という約束になったそうですけど」


 恐ろしいことを言う時も淡々と微笑んで語るドロランダ。しかし次の瞬間、表情が曇ります。


「そして僭越ながら、私がその時に居ればお役に立てたかもしれず、後悔しております。エドワード殿下とお嬢様はスレ違いつつもお互いを想いあっていました、と改めて旦那様と奥様に申し上げたでしょうから。……事態を止められず申し訳ございませんでした」


「それはええのよ。オカ……あ様は多分最初から全部わかっていて、私達がうまく行けばお兄ちゃんの結婚までまとめて片付けられると踏んでたんでしょ。……けど、ドロランダに休んで貰っていた時期にフェリア嬢が現れたのは偶然やなかったって事ね。全くお兄ちゃんは……」


(あっ、貴重なカンサイ弁&"お兄ちゃん"呼び!)


(頬をぷくっと膨らませて怒っている御姉様も可愛い!)


(御姉様に"妹属性"まで追加されてしまうわ……どうしましょう)

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