第30話 昔のふたり・後編


「僕の母上は異国から嫁いできたが、父上と母上は信頼しあっていたと思う。愛というものはわからないが……それもあったかもしれない」


 エドワード王子は自分の髪に手を触れます。


「この髪は、母上譲りの色だ。だがいつからかこの見た目が烏のようだと……悪魔の子だと王宮内で陰口を叩かれるようになった。今の王妃アイツは噂の出所を決して掴ませないが、まぁ予想はつく」


「そ、そんなん! 烏の何が悪いん!?」


「……さあ。何が悪いんだろうな? 過去の戦乱の時代には兵士の死肉をついばむ事もあったそうだから、縁起の悪い鳥なんだろう」


 楽しそうに皮肉めいた表情で言う王子を見て、ディアナの心の中の小さなものが揺れ動きます。


「だから……だから怒ってたん?」


「何が? こんな事で今更怒るなんて、もうとっくに……」


「ちゃうよ! 殿下は勉強の時……ううん、それ以外も……いっっっつも怒った顔しとる!」


「!」


「そんで、今! 今こんな事されて怒らんといけんのに、わろてる!! 逆やんか! そんなん意味わからんわ!」


「……はは……。ははは」


「ほら! 笑てるやん!」


 泣きそうな顔のディアナ。口元を抑え笑顔の王子。

 二人が初めて会った時から彼の翠の瞳にずっと浮かんでいた攻撃的な色が徐々に消えてゆきます。


「いや、今のは本当に笑ってる。……確かに意味がわからないな。……多分、あれだ」


「あれ?」


 エドワード王子は、自身の髪に再度触れます。


髪の毛の色どうにもならない事以外は、アイツらに文句を言わせないよう完璧な王子でいてやる、と思っていたから。無意識のうちに怒りをぶつけながら過ごしていたんだな。そして今のように攻撃された時は『余裕でいるぞ』と笑っていたんだ」


「?……やっぱり意味わからんわ。攻撃されたら余裕でも怒るやろ?」


「うん、そうだな。お前はわからなくていい」


 ディアナは王子に、そして王子の言うことも考えも理解できない自分にチクチクとしたものを覚えました。

 でもそれがなんなのかを客観的に理解できるにはまだ幼かったのです。


「……殿下。私は殿下の髪、好きや」


「はは、烏のようでもか? 物好きだな」


「烏もカッコええと思う。でも烏とちゃうわ。……こないだ殿下に初めてうた時にね。窓から光が差して、殿下の髪の毛が虹色にキラキラ光って……まるでシャボン玉みたいやなぁと思てたの」


「シャボン玉?」


(あっ、しもた!)


 驚いて目を見張った王子の顔を見て、ディアナは失言だったと思いました。

 相手は国の第一王子。しかも驚くほど勤勉です。シャボン玉遊びなどしたことがないかもしれません。


「あっあの、シャボン玉は石鹸の泡からできるんや。そんで緑とか紫の虹が見えて、めちゃめちゃ綺麗やねん!」


「……いや、流石にシャボン玉くらい知っている」


「えっ、そうか……」


「ははは……。うん、確かに母上の長い黒髪にはシャボン玉に似た虹のような煌めきが現れる事が度々あったな。……そんな事も忘れていた」


 懐かしそうに微笑んだ王子がディアナの方を見た時、彼女の心臓はドキリと強い鼓動を叩きました。

 美しく整った少年王子の顔には今までのような厳しさは残っていません。新緑を思わせる瞳が優しくこちらを見つめてきます。


「ディアナ。何か欲しいものはないか?」


「欲しいもの……?」


 ディアナは自らの心臓の動悸や、突然の王子の申し出と彼の笑顔に激しく混乱します。


(なんなん、これ……私の身体、どうなってんの? それに殿下が笑てるて事は……怒っとるん???)


「? いいから早く欲しいものを言え」


(え? え?……怒っとるんなら『お前の欲しいものを奪ってやる』とか言う物騒な話なん!? 胸が……苦しくて頭が回らんっ……!)


 面白そうな王子に対してディアナは無理やり絞り出すように応えました。


「こ、紅茶を……」


「紅茶?」


「さっき、代わりを出すて言うてた……」


「……は? それでいいのか?」

 

 慌ててコクコクと頷くディアナを見て、王子は弾かれるように笑い出します。


「ははは!!……そうかお前はそういう(施しはいらない)人間だったな! 本当におかしいな」


?」


「ああ、お前はおかしな事ばかり言う。今までお前のような人間に会ったことはない」


「私の言葉……そんなに変? 言い方? 中身が?」


「両方だ。変だ」


「!!」


 楽しそうにニコニコと、そして面白がるような王子の顔。


「さあ、代わりの紅茶を出そう。お前のためにこの国で一番旨いのを用意させる」


「……」


 真っ赤になって震えるディアナ。そんな彼女の様子を後ろで見たドロランダは少しだけ心配しました。


(この"おかしい"は、"面白い"の意味だと思うけれど、お嬢様は悪い意味にとってやしないかしら。……でもお顔が赤いのは、うふふ……)


 ╰━━━━━y━━━━━━━━━━━━╯


「……という訳だったんです。私は二人は仲良しだと思ったので、キチンと旦那様にも奥様にもその時はご報告したんですけどね。まさか私が産休を頂いている間にヘリオス様が暴走するなんて思いませんでしたよ」


 アキンドー公爵家の侍女、ドロランダはお茶のお代わりを入れながら昔の話をしていたのです。


「……それと。もうひとつ意外だったのはお嬢様がこの思い出を黒歴史として記憶から消し去っていたことですね」


 チラリとドロランダが目をやった先には、両手に顔をうずめて震えるディアナ。しかし耳までは隠せず、その先まで朱に染まっています。

 彼女と同じテーブルを囲み、お茶を楽しんでいた『赤薔薇姫の会』の一同はディアナを微笑ましく見つめます。


(ディアナ御姉様、昔から殿下に『おもしれー女』と認定されていたのね……)

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