第28話 セオドア兄ちゃんとカレン姉ちゃんは苦労人である

(あれ……なんだかデジャヴのような?)


 セオドアの迫力ある笑顔に、ディアナは以前公爵邸の大広間でカレンに詰め寄られた時を思い出します。一方タジタジとなりながら、慌てて両手を広げ弁解するエドワード王子。


「いやしかし、ディアナはそういう話よりも異国とか地方の話の方が好きでな。そんな時は赤い瞳がまるで朝露を抱く薔薇のようにキラキラするんだ。ほ、ほら、相手が喜ぶ話をするのが基本だろう?」


(朝露を抱く薔薇のようて……それ多分……)


(お嬢様……お金になるアイデアのヒントを貰って、瞳がキラキラしてた時ですよね)


 王子の言葉に、何とも言えない気持ちになって目だけで会話するディアナとカレン。その横で笑顔のまま、セオドアの額にうっすらと青筋が浮かびました。怒りを抑えているためか、口許が歪んだ笑みのまま王子を責め立てます。


「だからって少しも婚約者の美しさを誉めないなんてどうかしてます! このヘタレ王子!」


「い、いや! 誤解だ! セオ。お前も聞いたことがある筈だ。最初の挨拶で『今日も麗しいな、ディアナ』と何度か言った事がある!」


 カレンが不敬ギリギリの態度で、はぁ……と溜め息をつきつつ言います。


「……恐れながら殿下、それはノーカウントでございましょう。私もお側におりましたが、どう聞いても社交辞令でしたもの」


 セオドアが顔に陰をかけたままで王子に詰め寄ります。


「そうですね。挨拶の時ならディアナ殿には全く響いていなかったと記憶しています。大体それくらいの社交辞令なら、他の貴族の奥方様やご令嬢やらにも、今の王妃にさえ普段平気で言ってるじゃないですか!」


「……中身が! 心のこめ方が違うんだ!!」


「そんなの伝わるわけないでしょう!! このヘタレ! そりゃ陛下も心配してこんな馬鹿馬鹿しい賭けに乗るわけだ!!」


「ふふふ……あ、伝わらないと言えば。お嬢様、今こそあの事を聞いた方が良いかもしれませんね?」


 楽しそうにいたずらっぽく言ったカレンの言葉に、ディアナはすぐに何の事か思い当たります。


「……あの、特別室で『僕がこの数日で奇妙な……』て言うてた件? あれ、でも……」


「!!」


 エドワード王子の動きがピタリと止まります。セオドアは今日一番の大きなため息を吐き出しました。


「はぁ……。ほら! だから! あれじゃあディアナ殿には気づいて貰えないのではって言ったじゃないですか! それで今日になって急に求婚し抱きしめるあんな事をするとか、順番がおかしいでしょう! ヘタレを通り越して男としてあり得ない存在ですよ!」


「あの、いや、でも、求婚を受けてくれたからこっちの気持ちは伝わってるものだとばかりと思って抱きしめたわけで……それに、特別室では盗み聞きされていたから本当の事は言えなかったし仕方なく……」


「じゃあせめて今、男らしく決めてください!」


「……」


 セオドアにぼろくそに言われ、若干しゅんとしてディアナの方に一歩進みでる王子。


「???」


「お嬢様」


 ディアナは事情を飲み込めず頭の中に疑問符を浮かべたまま、カレンによって王子の前に押し出されます。


「あ、ええ……うん、ディアナ」


「はい。殿下?」


 王子は腕組みをして、指を上げ下げしながらあの時の言葉を再び口にします。


「"は僕このう日で妙な事をしていると思うろうが、考えていた"」


「え……っ」


「ディアナ、 


「……いつから……?」


 四度よたび真っ赤になり、その後の言葉を続けることができずに口元を覆い、王子を見上げるディアナ。そのディアナを見つめ、こちらも頬を染めて言葉に詰まるエドワード王子。


 そのシルエットが月あかりに照らされ、庭園の中で際立ちます。まるで恋愛小説を彩る挿し絵のように美しい二人の姿。その様子を眺めながら、少し距離を取った其々の従者は蚊の鳴くような小声で囁きあいました。


「やれやれ……これが皆の前でひざまづいて求婚までしてみせた男女の会話とはね……今更すぎませんか?」


「初々しいのはとても良いですけど……国民にはちょっと見せられませんわね」

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