第27話 やっぱりヘタレと罵られる王子③

 

……?……あっ」


 ディアナはすぐに気がつきました。二人のうち一人はあの後すぐにドアを叩いたフェリア。そして、本来はフェリアがドアの前で盗み聞きなどできない筈です。それを許さない人間が横にいるのですから。しかし、実際には聞かれているわけですから、それを許した人もまた……。

 ディアナの真紅の瞳がキラリとします。


「……ドアの前の、護衛の兵士!!」


 ディアナの答えに、王子と従者が笑顔で頷きます。


「そう。から僕の護衛は買収などされないように厳重に気を配っていた筈だ。それなのにこんな事が起きるのは、フェリア嬢と王家の人間が……それもではなく僕の命令を覆せるような力を持つ人物と繋がっているとしか思えない。お陰で彼女を幾ら調べても情報が一切上がってこない理由がわかってホッとしたよ」


 ディアナは感心しながらも、自分が蚊帳の外でいた事をちょっぴりだけ悔しく思いました。うらめしそうにカレンを眺めながら言います。


「カレンはあの時は全然知らんかったんでしょ? いつ気づいたん?」


「私がヘリオス様の仕業だと気づいたのもお嬢様がきっかけですよ。ハーブティーを召し上がりながら話していた時です」


「ああ、あの(ホンマにきっしょい! って言うてた)時ね」


「以前外様とざまの令嬢達が、フェリア嬢がヘリオス様と話す時は口元を隠していると言っていたでしょう? 彼女らはあざとい仕草だと批判していましたけど」


 カレンがその時を真似て両の拳を並べて口元を隠して見せます。


「エドワード殿下とご一緒の時にはそんな素振りを見せなかったので、唇の動きを読まれるとまずいような会話をしているのだと気づいたのです」


「はぁ、そうか……。カレンなら声が聞こえなくても遠くから見て、唇の動きで大体何言うてるのかわかるから……」


「ええ。ヘリオス様がこの婚約を潰そうと狙っているのまではわかりましたが、まさか王家まで一枚噛んでいるとは予想できませんでした。その事はセオドア様から情報を頂いたのです」


「えっいつ!?」


「つい先日です。今週はヘリオス様ができるだけ長くフェリア嬢に接触すれば"ご褒美"を差し上げる事にしましたからね。ヘリオス様がはりきってフェリア嬢を探る演技をしている間に、こちらも殿下側と接触したんですよ」


 セオドアが口を挟みます。


「もっとも、疑われないようにアレス殿に手紙を託すのが精一杯でしたけどね。アレス殿は二度もカレン殿を口説く事になったわけです」


「ノーキン様には申し訳ないことをしましたわ。誰が見ているかわからなかったので仕方なかったんです。何せこちらは私以外の公爵家の人間は全員ヘリオス様の手先と思った方が良い状況でしたもの。お嬢様の今日のドレスの色も筒抜けだったでしょう?」


「!……侍女の中に!? お兄ちゃん、そこまでやるか……ていうかなんでこんな手の込んだ事を……」


 ディアナが頭を抱えながら言うと


「「「それは……」」」


 その場の三人が口を開きかけ、従者の二人はその口を閉じまそた。エドワード王子が美しい笑顔で言います。


「それはディアナがとても可愛いからだ。君が望まぬ結婚などさせたくなかったんだろう」


「可愛……っ!……ななななにを……」


「まあお嬢様。そんなに動揺されることですか? 貴女は私の知る中で一番可愛く美しい存在です、と小さな頃から私も申し上げていたでしょう?」


「カレンとか公爵家うちとこの皆が贔屓目で言うのと、殿下が言うのとはちゃうもん!」


 恥ずかしさに赤く染まった顔を見せまいとするディアナを、子供をあやすかのように軽く抱いて背中を撫でるカレン。それを嬉しさ半分、羨ましさ半分で眺めるエドワード王子。苦笑するセオドア。


「はぁ。まさか学園で"氷漬けの赤い薔薇姫"と異名を取り、周りを寄せ付けぬ冷たさと美貌を持つ姫君が『可愛い』と言われただけでその氷が融けてしまうとはねぇ。まぁそれも悪くはないですが」


「何よその"氷漬けの赤い薔薇姫"て恥ずかしい呼び名! 皆が勝手に呼んでただけでしょ? 私、そんなん知らんし! それに……それに殿下に『可愛い』て言われたのはこれが初めてやし……」


「「え!?」」


 ディアナが恥ずかしさに耐えながら返答するのを微笑ましく聞いていた王子とその従者は、最後の言葉にサッと表情を変えます。王子は顔色を失って脂汗を垂らし、従者は頭上に雷雲でも広がっているかのように顔に陰がかかっています。


「殿下……まさか、これまで一度もディアナ殿を口説いたり、誉めたりされてないんですか……? 二人きりになるように、お茶のテーブルから僕達が距離を取った時も……?」



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