第23話 一連の黒幕は

 その出来事は数瞬の間に起きました。


「今から君の罪を暴こうか…………アキンドー公爵令


 エドワード王子はヘリオスに向かって言った直後、その腰に下げた剣を抜こうとしましたが、抜けません。つい先程までは何もなかった剣の柄と剣帯に、ひもが結ばれていたのです。


(やっぱり!)


 ディアナがそれを把握した時には既にセオドアが飛び出し、剣を抜いてヘリオスに斬りかかろうとしていました。それとほぼ同時に王子の左横から一人の影が飛び出します。


「ぐうっ!!」


 鈍い打撃音と女性のくぐもった嗚咽が響き、フェリアの細身の身体が床にくずおれます。

 セオドアがヘリオスに振り下ろした剣の前にフェリアが庇う形で割り込み、その身に斬撃をまともに受けて倒れたのでした。


(ハニトラ男爵令嬢が……何故お兄様を庇ったの?!)


 思わぬ刃傷沙汰にあちこちから悲鳴があがり場が混乱しかけましたが、セオドアは手に持った剣を皆に見せ言います。


「ご安心ください。学園の倉庫から拝借してきた模造剣です。しかし強めに打ち込んだので、暫くは気絶したままかもしれません」


 そう言って倒れたフェリアを抱き起し、腕を拘束します。 


「このフェリア嬢……もっとも、本物のフェリア・ハニトラ男爵令嬢かも怪しいが……彼女は君の手先だろう? ヘリオス・アキンドー公爵令息」


(え!?)


 エドワード王子の言葉に呆然とするディアナ。今まで大騒ぎだった皆も、驚いて言葉を飲みます。


「ヘリオス。今回フェリア嬢が僕に接近してきたのは、ディアナとの婚約を潰そうと君が仕掛けた罠だとわかっていた。普通ならばこれは王家への反逆と取って良いが、君がここまでやるからには申し開きの準備までしているだろうと予想している」


 エドワード王子の問いかけに、ヘリオスはいつもの余裕たっぷりの態度で返そうとしますが、そのブルーグレーの瞳だけはギラギラと光り、金を帯びてあおくなっています。


「流石は殿下。そこまで見抜いていらっしゃるとは」


 彼は上着の内側から一枚の書面を取り出します。


「勅書……と言っては大袈裟ですが。国王陛下と直接交わしたです」


「……ああ、やはり父上陛下もグルだったんだな。僕がフェリア嬢にほだされるかどうか、君が公爵家を通じて陛下に賭けでも持ち掛けたんだろう?」


「まぁ、賭けと言えばそうですね。他にも条件はありますが……」


 表面上はクールな笑みを崩さないままのヘリオスの言葉に、ディアナは目を見開きました。


(……どうりで公爵家うちのシノビが何も探ってこれない訳だわ。最初からカレン以外のシノビ達は、裏でお兄様が手を回して調べるフリだけしていたのね……)


「ああ、だいたい予想はついているが、その条件を知ってから行動してはフェアじゃないね。その前に僕もやるべき事はやらせてもらうよ」


 そこまで言うと王子は学園長に向き直ります。


「学園長、この場をかき乱して申し訳ないが、僕のわがままでもう少し付き合ってもらいたい。……皆も聞いてくれ!」


 声を張り、周囲に知らしめるように話すエドワード王子に、その場の全員が次に何を言われるのか興味津々で集中します。が、王子の次の言葉は元婚約者にかけられたものでした。


「ディアナ、こちらへ」


「!……はい」


 王子に呼ばれ、前に進み出るディアナ。

 婚約を破棄され、更にフェリアが兄の配下……おそらくはシノビであった……と知った今、これから何を言われるのか不安に押し潰されそうになります。しかし指先が震えそうになるのを手袋に酷くシワが寄るほどきつく握りしめ押さえ込んでいると、その手をエドワード王子はそっと取って優しい眼差しでディアナを見つめながら話を続けます。


「今話した通り、僕達は最初から陛下とヘリオス達の掌の上だったわけだ。君を巻き込んですまない」


「……そんな……殿下こそ私の兄のせいで巻き込まれて……」


 ディアナの大きな真紅の瞳が揺れ、その表に感情が浮き上がったのでしょうか。彼女の心を読んだかのように王子は頷きます。


「だからにと言ったんだ。そんなものではなく、ただの一人の男として一人の女性に求婚をやり直したい」


 エドワード王子はディアナの手を取ったまま、片膝をつきます。

 手袋越しに彼女の手の甲に優しく唇を押しあててから、その新緑の瞳を真っ直ぐにディアナだけに向けて、美しい笑みで言いました。


「ディアナ、将来僕の妻になってくれないか?」


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