第22話 公爵令嬢は渦の中心にポツンと置かれる


 目を丸くしたディアナがギギギと音でもしそうな固さで首を回し前に向くと、外様の令嬢も、エドワード王子も、フェリアですらポカンとしています。そんな周りの状況を置き去りに、なおも話すシャロン。


「わっ、私、ノーキン様に全部聞きました。先週御姉様はハニトラ男爵令嬢の悪口を言うこの方々を、教室で厳しく窘められたのです! 殿下の一時の気の迷いに一番辛い想いをされているのはご自身の筈なのに、決して愚痴や他人の悪口を言わない御姉様のなんて気高く美しいことか!!」


(……え?)


「そうです! "氷漬けの赤い薔薇姫"という学園での異名の通り、一見して冷たく他人を寄せ付けない御姉様ですが、その赤い瞳には温かく優しく薔薇のように美しい魂が宿っておられるのです!」


(……へ?)


「ここに居るシャロン様なんて、勝手に御姉様の二次創作恋愛小説を書いたのに、お怒りになるどころか、小説の才能があると誉め、その才能を伸ばそうとまで仰るほどの心の広さですのよ! まさに未来の王妃の器ですわ!!」


(……はい?)


「しかも殿下の気の迷いを責める事は一切せず、御姉様と殿下をモデルにした恋愛小説を公認して広める事で、ただ殿下への純粋な想いのみを伝えようとするなんて、なんて慎ましやかで深い愛なのかしら! ひえええっ、そのお姿が恐ろしいほど美しくて誰も近寄れないのに、中身まで美しいなんて尊すぎて倒れそうですわ!!」


(……皆様、何を仰っているの……これは一体誰の話なの……?!)


 シャロンだけではなく、エマやミレーユ、アリスまでが口々に言い募る内容を聞く度、身に覚えのないキーワードがポンポン出てきます。

 まるで台風の目の中にポツンと立たされ、自分の周りだけが荒れ狂っているのを眺めるような状況にディアナの頭の中は大混乱に陥りました。


 勿論、外面でしっかりと無表情は保っていますが冷や汗が今にも額から粒になってこぼれ落ちそうです。無言を貫く(混乱で何も言えないだけなのですが)ディアナの代わりを務める気か、ヘリオスが王子の前に進み出てこう言います。


「ふふっ。エド。俺も先週の事はアレスから聞いてる。君もそうだろう? それなのに俺の大事な妹に疑いをかけるなんて酷いじゃないか。……それともわざとかな?」


「いや、そうじゃない。最初からディアナは潔白だと信じていたが、きちんと本人に無関係だと言わせないと筋が通らないだろう? 念のための確認だ。……そこの無礼な四人、君達はこの場に相応しくない。出ていきたまえ」


「なっ! 殿下!!」


「信じてください! 私たちは…!」


 いつになく厳しい顔のエドワード王子の退出命令にキンキン声で食い下がろうとする外様の令嬢達ですが、すぐに護衛の騎士達が集まり彼女らを捕らえました。


「お嬢さんがた、外までお連れしましょう。君達の言い分は後でじっくり聞かせていただく」


 騎士の中には見習いとして参加するアレスも居て、ディアナに向かって手をヒラヒラと振ります。外様の令嬢達は騎士の力に抗えるわけもなく、あっという間に会場から連れ出されてしまいます。


「さて……これでこの婚約が色々なしがらみに縛られているのが改めてわかった。……ディアナ」


 向き直ったエドワード王子の表情と声音は一転して優しさに溢れているように見えます。


「……はい、エドワード殿下」


「この婚約の形がそもそもの発端だ。王家の力を盤石にしようと西で縛り付けようとしたから、外様の勢力にこういう邪魔を入れられるのだ。よってこの婚約はいったん破棄し白紙に戻してもらう」


 今日一番のどよめきがホールを支配します。ディアナは足元の床が急に抜けたかのような感覚にとらわれました。身体の芯が無くなりふらりと倒れそうになるのを、ぐっと足に力を入れて堪えます。カレンの方をチラリとみると彼女は小さく頷きました。


(殿下とカレンを……信じるわ)


「……殿下の御心のままに……」


 震える声を止めることまではできませんでしたが、ディアナはなんとか答えることができました。その答えに周りの皆は尚一層ざわめくばかり。シャロン達からは小さな悲鳴も上がっています。人々が口々に勝手な言い分を話す中、エドワード王子が手を挙げて騒ぎを制します。

 再度静けさがホールに満ちた後、王子が口を開きました。



「これで満足か? 君の書いたに乗ってやったぞ。今から君の罪を暴こうか…………アキンドー公爵令

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