第21話 公爵令嬢は罠に嵌められそうになる
「きゃあぁっ!!」
か弱そうな女性の短い悲鳴と、ざわざわと周りの浮き立つ声が聞こえました。ディアナとシャロン達がその方角を見るのと、キンキン声で怒鳴りつける数人の声があがるのはほぼ同時の事でした。
「ほぼ庶民のくせに殿下の横で、殿下の色を身に着けるなんて図々しい!」
「殿下にはディアナ様という婚約者がいると知っての行動でしょう! なんて女なの!」
「これは罰よ! 私達のお友達、ディアナ様に代わって貴女に罰を与えたのよ!」
「今すぐディアナ様にお詫びをして出ていきなさい!!」
声を荒げているのは自称ディアナの"取り巻き"の令嬢達。その一人が飲み物の入っていたであろう空のグラスを手にしています。
「ひ、酷い……なぜ……?」
彼女らと相対するのは、飲み物を花の蕾のようなドレスにかけられ突き飛ばされた後、半身を起こして真っ青な顔をしているフェリア。そしてその横で片膝を付き彼女に手を貸している最中の、緊張した面持ちのエドワード王子。
何をしたのかは明白でした。"取り巻き"……いいえ、外様の令嬢達は陰口をするだけでは飽き足らず、ついにフェリアを攻撃する実力行使にでたのです。それも自らの責任において行動するのではなく、卑怯にもディアナの威を借る狐として。
この騒ぎに楽団の音楽は中断され、ホールにいる人々の目は殆どが王子達とディアナを交互に見ている有様です。ダンスを踊っていた人達も動きを止め、カレンとセオドアは各々の主の元に駆け寄ります。
「ディアナ……これはどういう事か説明してくれ」
立ち上がり、震えるフェリアを左手に庇うようにしてディアナを見つめるエドワード王子の翠の目が揺れています。
ホールは静けさに支配され、その場の皆の視線がディアナに集中し、まるで炎のようにちりちりと熱を感じます。彼女はその熱をはねのけるかのように、冷たい無表情のままハッキリと答えました。
「説明もなにも、ワタクシは無関係です。この方々は勝手にお友達を名乗っていらっしゃいますが、ワタクシはこの方々のお名前すら存じませんわ」
「!……ディアナ様! 私達にハニトラ男爵令嬢を傷つけるよう命じたではありませんか」
「そうですわ! 私達を切り捨てるおつもりですか!?」
キンキン声で反論する外様の令嬢達。その顔に何故かニタリと暗い笑みを含んでいるのを見たディアナは背筋に冷たいものを感じました。
(明らかにワタクシを巻き込み、殿下がワタクシに悪印象を持つように誘導しているわね……ここで無表情で否定したとて、一体カレンとお兄様以外の何人の方が信じてくださるのかしら)
しかし否定しないわけにもいきません。ディアナはその見た目の堂々とした素振りとは裏腹に心細い気持ちで精一杯主張します。
「……フェリア・ハニトラ男爵令嬢を傷つけるように命じたですって? 馬鹿な事を。先週、ワタクシは真逆の事を申し上げましたわ。それに先程も、もうワタクシには話しかけないように、と貴女方には言った筈です!」
「そそそそうです!!」
(えっ!?)
横から吃りながら大声で言われ、驚いたディアナとカレンが振り向くとそこには顔を真っ赤にして今にも泣きそうな顔のシャロンが立っていました。
……正確にはフラフラしてやっと立っている状態です。
(何故シャロン様が!? でも、それよりもまたショックで倒れてしまうのではないかしら? 大丈夫なのかしら???)
同じ事を考えたであろうカレンがすぐさまシャロンの側で彼女を支えます。エマ、ミレーユ、アリス達も一緒に団結しました。シャロンは皆に支えられて力を得たのか、エドワード王子に向かって再び話し始めます。
「おおお恐れながら申し上げます!! ディアナ御姉様はそんな方じゃありません!! わ、わわわ……私達ぃ! 『赤薔薇姫の会』、ディアナ御姉様ファンクラブが保証します!!!」
「………………なっ?」
ディアナは危うく外面の仮面を取っ払って「何アホな事を言うてんの!?」とツッコむところでしたが、何とかギリギリで踏みとどまりました。しかし状況が整理できず、呆然とします。
カレンを見るとシャロンを支えたまま、何故か憐れむような目をしてディアナを見ています。次いで兄、ヘリオスを見ると笑いを噛み殺しそうな顔をしていました。
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