第20.5話 ~幕間~ 男爵令嬢は笑顔の下で嗤う(※フェリアside)

 

 私の本当の名前は秘密だ。


 今はフェリア・ハニトラ男爵令嬢という仮初めの名前と、誰にも話せない密命を与えられている。



 私は小さな頃から訓練を重ねてきた。戦闘、隠密、諜報、工作……。

 それらをこなす度に私を拾ってくれた"父"に誉められた。幼い私にはそれが唯一無二で、且つ決して壊れない暖かい拠り所だった。


 ある程度大きくなると、自分の見た目が他人より優れていると気づいた。

 か弱さや愛らしさ、そして少しの間抜けさを演出し、周りが私を侮ったり、逆に庇護欲をくすぐられるように演技を磨いた。

 すると、それも"父"にいたく誉められた。私は得意になってより巧く演技できるよう努力した。


 私にとっては"父"が全てで、この世界の中心だった。

 でも、あの御方に出会って私の世界は変わってしまった。



 あの声。あの輝く髪。あの瞳。

 初めてお逢いした時、あの瞳が一瞬だけ碧色に光っているように見えた。

 その時に私は知ったのだ。"父"よりも強固で大きな、そしてとても……とても冷たい拠り所というものがこの世に存在するのだと。

 それは気の迷いだったかもしれない。次の瞬間にはあの御方の瞳はもう元の色に戻っていたから。


 でも、その一瞬で私はあの御方に私の全てを捧げると決めたのだ。

 あの御方こそ私の真のあるじ。彼が望めば未来の一国の王にだってなれる偉大な御方なのだ。



 私は今、フェリア・ハニトラ男爵令嬢として王立学園の創立記念パーティに来ている。


 私の周りに次から次へと集まる愚かしい男どもの相手をしながら、愛想と愛嬌をこれでもかと振り撒いてやる。皆、酒に酔ったかのようにフラフラと私に近づき、美しいだの可愛らしいだのとお決まりの褒め言葉しか言わない。

 それを受けた私は愛想の良い笑顔の下で実にくだらないとわらってやる。すると奴らは益々くだらない事を言うのだ。あの御方以外の男など、虫けらくらいの価値しかない。


 流石にエドワード王子はくだらない男どもとは一線を画してはいるが、それも時間の問題だ。


 先週、特別室のドアの外から漏れ聞いた王子と婚約者の密談。

 王子は「婚約を破棄する」と、とうとう言った。今まで何度も途中で止めていたので少々イライラしていたが、遂にその時がきたのだ。そしてこの間の大回廊での態度から彼女あのひとも婚約破棄に同意するとは思っていたが、意外なことにあのひとは「先に慰謝料を」と言い出した。

 あのひとの事は聞いている。カンサイ弁なら本心で言っているのだ。後は金の問題が片付けば全てが終わる。



 目の端にチラリと、下品な四人の女性が額を寄せて話をしているのが見えた。

 ああ、たしかあのひとの"取り巻き"だとか名乗っていたな。鼻息も荒くこちらに近づいてくる。そのうちの一人が飲み物を手に取った。


 ……あれを私のドレスにかけるの? そして突き飛ばすつもりか。

 私は笑顔の下で嗤いをこらえながら、彼女達に気がつかないフリを続ける。


 さあおいで。ド派手にやってちょうだい。

 か弱くて愛らしくて、ちょっとだけ間抜けなフェリア・ハニトラ男爵令嬢は、悲劇のヒロインになってあげる。



 すべてはエドワード王子とあのひとの婚約をぶち壊すため。

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