第9話 男爵令嬢がエドワード王子の右側にいる謎

 ◇◆◇◆◇◆


 公爵邸の大広間に場所を移したディアナは、ドレスのまま長剣(安全のため刃を潰した模造剣です)を帯刀させられました。腰にかかる剣の重みでスカートの左側がつぶれています。


「この間のフェリア嬢の話ですが、エドワード王子殿下は右側にフェリア嬢をはべらせてましたね。お嬢様の場合はいつも左側なのでは?」


「そやね。まあ侍るってほど一緒にいた事もないけど……エスコートされる時は男性の左腕に右手をかけるのがマナーやから、普段からの立ち位置もなんか自然とそうなってるわ」


 カレンはディアナの左側に立ち、エスコートされる女性のように軽く腕を絡ませました。


「その意味をお教えしますね。剣を抜いてください」


「?」


 カレンの言うことがよくわからないまま、左手で鞘に手を添え右手で剣を抜こうとします……が、軽い手応えがあり抜けません。

 ディアナが手元を見るといつの間にか剣のつかと剣帯に、ひもが結ばれていて抜けないようになっていたのです。


「これは私達シノビがつかう特殊な結び方ですけど、両手で剣を抜かせないよう抑えるとか、鞘のお尻を持ち上げて剣を落とすとか、左横に立てばお嬢様でもできることはあるでしょうね」


 ディアナにもその意味が理解できました。王立学園の中で帯刀を許されているのは学園の衛兵と王族、そして王族の護衛のみ。若く血がはやりがちな男子生徒が間違っても私闘等に走らないように学園内での剣の授業も全て模造剣ですし、貴族の従者が主を守る為という理由でも刃物を所持使用すれば即時学園追放のルールがあります。カレンも学園内では服の下に手甲と、鉄板を仕込んだブーツを身に付けているのみです。そんな環境でエドワード王子に近づき彼の武器を使用不能にできれば……。


「……私は左側に立たせても害がないと殿下に信用されてて、フェリア嬢はそこまで信用されてない、っちゅーこと?」


「フェリア嬢に夢中に見える殿下がそこまで考えているかは疑問の余地がありますが、文武両道だった殿下が無意識にでも危険を感じて彼女を左側には立たせないようにしているのかもしれません」


「でも右側に立つなら右腕を封じればええんちゃうの?」


「無理です。ちゃんと鍛えている男性と女性の素手同士ではそもそもの膂力りょりょくが違います。私でも右腕を封じるなど無理ですね」


「えっカレンでも?」


「ええ。更にフェリア嬢のような小柄で細腰の女性なら、武器もなくまともに殿下と戦うなど愚の骨頂です。フェリア嬢が殿下を害するつもりなら剣を抜かせないようにし、更に別の強い実行犯が必要だと思います」


「でも裏の顔は探っても出なかったって事は、当然実行犯らしき者との繋がりも出ないんやろ? てことはそもそもフェリア嬢が潔白……?」


 ディアナは自分で言いながら自分の意見を否定します。


「……でもなんか腑に落ちんわ……殿下もフェリア嬢を完全に信用してないんやったら、私との婚約を直ぐに破棄なんかせんで様子を見ればええのに」


 カレンが大きく頷きました。


「私がずっと引っ掛かっているのはそこなんですよ! フェリア嬢を右側に置きながら、お嬢様との婚約破棄騒動を学園内で何度も繰り返すなんて、二重三重に愚かな行動です。今まで賢さをうたわれていたエドワード殿下にはそぐわない行動でしょう?」


「確かに殿下があんな事するなんて人が変わったようやとは思てたけど……」


「考え付く理由としては、殿下は無意識でフェリア嬢を左側に置かないだけで心は完全に囚われているのか、誰かがお嬢様の悪口を吹き込んでいて、殿下もそれを事実と信じているからフェリア嬢をダシにして婚約破棄しておきたいとかですかね?」


「えっ、私の悪いとこなんて仏頂面なんと、金にならん話をグダグダする奴が嫌いで話をぶった斬るとこだけやと思うけど…………あ。」


 カレンがにこりと笑顔のまま、声のトーンが恐ろしく低くなりました。


「……まさかとは思いますが、過去に王宮で殿下とお茶をした時、私達が気を利かせて殿下と二人きりにして差し上げたのに、話をぶった斬ったりなさったんですか?」

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