第10話 外面令嬢は、ついに本音を暴かれる


 ズモモモモモ……とでも効果音が付きそうな、迫力満点の笑顔のカレンに思わず一歩後ずさりするディアナ。


「えっ……あの……ちゃうよ? 話をぶった斬ったりはしてへん……」


「ほう? お嬢様にしては歯切れが悪い返答ですね。何か心当たりが?」


「だっ、だって標準語で喋るの気ぃ使うんやもん……」


 ディアナの一番の親友、一番頼りになる姉のような存在のカレン。そのカレンが今この瞬間だけはディアナにとって一番怖い存在になっていました。笑顔を崩さぬまま静かに怒っています。


「……なるほど。つまり、殿下にも殆どオートモードで対応していた、と?」


「そっ、そんなにしょっちゅうではないし! それにオートモードだとしても失礼なことは言ってない筈やもん!」


「でしょうね。でも話が弾むようなことも言ってないですよね? 殿下とはどんな話をしたか覚えてますか?」


 ディアナはオロオロとしながら記憶を探り、楽しかった話題を思い出します。


「あっ、殿下が公務で地方とか他国に行った話をしてくれた時はいつも凄く面白かったし、オートモードとは違かったで!」


「はぁ、それ確か、お茶が終わった後にお嬢様の瞳がキラッキラして、顔に『この話は金になる。急いでアイデアを纏めなきゃ』って書いてあった時ですよね。殿下にその事を見抜かれてなければいいですけれど。お嬢様から何か話した事は?」


「……あんまり覚えてないけど、お茶がとても美味しいですとか、お庭の花が綺麗ですねとか、今日の服装とか……」


「それ、いつも退屈なお茶会で他のご令嬢とオートモードで話しているパターンそのものじゃないですか?」


 ディアナの身がしゅんと小さく縮み、声もどんどん小さくなります。


「だって……だって……」


 彼女は突然、ぱっと顔を上げて矢つぎばやに言い募りました。


「だって! なに話していいかわからへん! 私の得意なもん言うたらゼニよ! 『こないだこんな事をして銭をなんぼ稼いだ~』とか話したら頭の女だと思われるわ!! そんなん呆れられて嫌われるだけやんか!」


「でも冷たい態度を取れば誤解されますよね? 矛盾しています。既に嫌われているかもしれませんよ?」


 ピシリとカレンに言われて、またもしゅんとしたディアナは床を見ます。


「……そやね。きっともう嫌われてるから婚約破棄されるんやろ」


「お嬢様はそれでよろしいんですね?」


「……こないだも言うたけど、これは元々お上が決めた婚約やもん。殿下が私を見初めたなら別やけど、私にはせいぜい慰謝料を貰う権利くらいしかあれへんし」


「ほーぉ? 先ほどから『呆れられて嫌われる』とか『見初めたなら別』とか、この婚約に何かを期待していたように聞こえますね?」


 怒っていた筈のカレンの声音が何故かふっと緩んだ気がしました。ディアナが床から目を上げると、先程ヘリオスを手玉に取った時のようなイタズラっ子の瞳と視線が絡まります。


「カレン?」


「やはりお嬢様はエドワード殿下をお慕いなさっていたのですね?」


「なっ……ななな、何言うてんの! ?」


「素敵ですよね~。あの美しい黒髪。新緑のようなグリーンの瞳。文句無しの美形ですし、態度も朗らかで紳士的。武の腕も立って男らしいですもんね?」


「たっ確かに見た目はシュッとして男前かもしれんけど!! 中身はあんなヘタレやと知らんかったし!!」


「ふうん。婚約破棄に縁起を担ぐようなヘタレとお知りになるまでは、結構良いな~と思っていらしたんですね?」


「!!!」


 ディアナの雪のような白い首に、頬に、耳に、熱い血が上り赤く染まります。彼女の視界は光がチカチカと瞬いていました。


「…………もう知らん!! カレンのアホ!!」


 ディアナは剣帯を外してカレンに押し付け、その場を逃げ出しました。


「お嬢様!! まだこれから訓練が!」


 カレンの声も無視し、たとえ淑女としてはしたないと言われようとも全力で駆け出すディアナ。彼女が大広間を出て行くと、頑丈な扉がバタンと閉まり、部屋を静寂が支配します。そこにカレンの小さな呟きが反響しました。


「……アカン、可愛くってついやり過ぎてもうた。ヘリオス様に知られたら殺されるわ」

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