第2話 侍女カレンの正体は優秀なシノビ


 ディアナはカレンをジトっとした目で見ましたが、そらっとぼけるカレンから何か聞き出す事などできない、と過去の経験から知っているので気持ちを切り替えます。


「……こほん。話が脱線したけど、あの完璧を絵に描いたような殿下がメロメロになるて、普通の男爵令嬢やないかもしれへん」


 ディアナはそう言って紅茶の入ったカップを眺めながら、先日から変化した王子の顔を思い浮かべました。


 以前は常に穏やかな笑みを浮かべ、第一王子として公務や未来の国王としての勉強に励んでいたエドワード王子。文武両道、才色兼備を絵に描いたような御方です。

 その黒髪は光を浴びると玉虫色の輝きを見せ、新緑のような美しい翠の目はいつもにこやかな雰囲気をたたえています。


 政略結婚の婚約者であるディアナとの間に甘い空気が流れた記憶はありませんが、ごくたまに王子から聞く話は興味深く楽しいものが殆どでした。


 しかしフェリアと一緒にいる王子は全く違います。彼女だけを熱く見つめ、その言動を少しも見逃すまいとしているようです。そして衆人環視の中で婚約破棄をしようとする浅はかさや、縁起を担いで破棄を中止しようとする情けなさ。『人が変わったよう』とは正にこの事です。


「……それもありますけど、私が気になってるのは、フェリアさんが常にエドワード殿下の右側にいる事ですわ」


「カレン、やっぱりフェリア嬢はどこかの間者スパイや刺客と違う?」


「うーん……。間者や刺客なら王家側でとっくに調べがついてそうなもんやと思いますし……」


「でも常に殿下の右側にいるて、殿下の利き腕を封じるつもりやないの?」


「ちゃいます。みたいな女に言わせれば、あの状況ならむしろ逆を狙う筈です。殿下が許してないのかもしれませんけど」


「逆? 許す?……全然わからん!!」


 ディアナがイライラしてクッションをむぎゅ~っとすると、カレンが再び苦笑します。


「まぁ、その辺は護身術の訓練の時にでもついでにご説明しますわ。それと無理かもしれませんが一応フェリアさんの周辺、軽く洗っときましょか」


「そやね。頼むわ」


 カレンはディアナの侍女であり、姉のように気のおけない存在であり、そして優秀な『シノビ』です。

 アキンドー公爵家の広い領地にはアウサカのような大都市とは対照的に長閑な風景や豊かな自然も多々存在し、深い森の中でひっそりと隠れ里を作って生活する人達もいます。

 シノビとは、そんな隠れ里のひとつに住む「コウガシュー」の一族より選ばれた、諜報活動をメインとする影の存在です。


 公爵家は代々優秀なシノビを何人も抱えています。彼らは公爵家の使用人や、弱小貧乏貴族、裕福な商人、庶民など様々な表の顔でその身を隠しているのです。

 カレンはああ言いましたが、彼らであればフェリア嬢とその実家のハニトラ男爵家についてはすぐに調べがつく、とディアナはクッションを揉みながら考えていました。


「ところでお嬢」


「なに?」


「クッションに八つ当たりは止めといて欲しいんですけど。さっきは空気を入れ換えときましたけど、めちゃめちゃホコリが立ちますんで吸い込むと身体に障ります」


「……これ、クッションカバーの材質が悪いんとちゃう?」


「いやいやいや、お嬢の部屋のもんは全部最高級品ですがな」


「せやのうて、カバーになってる布の種類! 糸の質と布の織り方を変えて、更に織りの密度を上げたら毛羽が立ちにくくなるし、中の綿ぼこりも通しにくくなってホコリが出えへんと思う」


「糸の質と織りの密度て……簡単に言わんといて下さい」


「え? うちの領地の腕のええ職人さんならできると思うけど。意外とお貴族様の女性は陰でクッションに八つ当たりしてる人が多いと思うねん。ついでに中綿も改良して……これ、上手く行ったら高級品でもかなり貴族階級に売れると思うわ!」


 公爵のモットー『常に新しい商機を見いだせ』を地で行くディアナは度々アイデアを思いつくのですが、その時彼女の瞳の中には小さな炎が燃えて舞い踊るかのようにきらきらと美しく輝きます。

 今回も彼女の輝く瞳を見たカレンはクスリと笑って肯定しました。


「……確かに売れそうですね。流石お嬢。ちょっと職人のツテをあたってみます」

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