第3話 外面(ぼっち)令嬢は周りを凍りつかせる
◇◆◇◆◇◆
数日後の王立学園にて。
自称"取り巻き"の令嬢達に囲まれたディアナは、無表情を貫いてはいるものの内心ウンザリとしていました。
いつもなら傍にいるカレンが上手く流してくれるのですが、今日は彼女が所用で少し離れている隙を狙ってきたのでしょう。
はらってもはらっても蝿のように付き纏い、手を擦り合わせ、ブンブン……ではなくキンキン声で
どこぞの……というのは、下手に名前を覚えれば益々調子にのって"取り巻き"から"親友"とでも勝手に自称を改悪しそうな為、わざと名前を忘れたのです。
彼女達はひたすら公爵令嬢にゴマをすって取り入り、甘い汁を吸おうとするだけのつまらない存在です。以前から度々接触しようとしていたようですが、先日から尚一層それが酷くしつこくなってきていました。
(外面で相手をする価値もないわね……こんな時には"
「ディアナ様、先日の夜会でお召しのドレス、とても素敵で……」
「当然でしょう」
「ディアナ様、一度お兄様をご紹介……」
「兄は多忙ですので」
「ディアナ様、今度わたくしのお茶会に是非……」
「ワタクシも多忙なの」
「ディアナ様、あのハニトラ男爵令嬢がまた殿下と……」
「それを受け入れているのは殿下のご意思でしょ?」
ディアナは心を完全に閉ざし、薄~い微笑みを顔に貼り付けて次々と会話をぶった切ります。
氷の糸のように輝く銀髪、雪を思わせる白い肌。銀の睫毛に縁どられている吊り上がった形の目の中には意思の強い瞳がギラリと光り、高めの身長から滲み出るその拒否オーラの恐ろしさたるや、周りの空気を凍てつかせるかのようです。ほら、今も周りのクラスメイトは顔を引きつらせて遠巻きに見ています。
しかし口こそつぐむものの、大したダメージを受けない自称"取り巻き"達の面の皮はアザラシの皮膚か何かで出来ているのかもしれません。
ディアナが実行した"これ"とは、カレンが
ディアナはお金の計算には滅法強いのですが対人関係はやや苦手で、他人の心を……特に裏表の激しい貴族達の心を読むのはあまり得意ではありません。おまけに王都では標準語の外面もかぶる必要があり、どうしても無表情気味になります。
学園では極力カレン以外の人間を寄せ付けず孤高の存在となる事でやり過ごしてはいるのですが、"取り巻き"達のように強引に絡んでこようとする人間や、どうしてもお断りできない社交のお付き合いもあります。
そんな時の為に小さな頃から標準語と淑女としての振る舞いを訓練した結果、心を閉ざしたまま薄い笑みで適当な言葉がオートモードで出るようになったのです。
適当といっても優しい方には当たり障りの無い対応で、失礼な方やこの"取り巻き"等には絶対零度の拒否オーラを発しています。
尤も、これが原因で"取り巻き"以外の生徒には「冷たい・怖い」と恐れられている可能性が高いのですが。
「あっ、西のディアナ姫様! いたいた~」
彼は王国騎士団長を勤めるノーキン侯爵の嫡男であり、エドワード王子やディアナの兄であるヘリオスと同い年で友人でもあります。
教室の女子生徒の一人が彼を見てきゃあと黄色い声をあげました。
(ああ、そう言えばこの方も割とご婦人方に人気がおありでしたわね)
赤毛に榛色の瞳と鍛え上げた体躯を持つ美丈夫で騎士見習いとして既に騎士団に所属する彼を見ながら、ときめきではなく(彼の
しかしそれを無表情の顔にはかけらも出さずに淑女の挨拶をします。
「ノーキン様、ご機嫌麗しゅう。今日は兄は所用にて学園におりませんの。何か
「うわっ、言葉は丁寧だけど態度がめっちゃ冷たい! さすが
自分でもそうだとは思いますが面白くはありません。それに陰口を本人に向かって言ってしまうのはいくら貴族にしては明け透けなアレスと言えど、失礼な行為と言えます。
「ノーキン様? それはどういう……」
「皆、ごめんね~! ちょっと姫様をお借りするよ」
「あ、あの……?」
「異名とはどういう意味ですの?」と聞きたかったディアナの話を聞かずに、強引にどこかへ連れていこうとするアレス。
五月蝿い令嬢方から遠ざけてくれたのは良いのですが教室を共に出るよう促され、カレンもいない状況に少しディアナは躊躇いました。
「あの、ワタクシ予定が……」
「いいから、いいから。ちょっと一緒に来て貰いたいんだ」
取り敢えずバレバレの嘘の予定を言ってみましたが、彼は気にもせず学園の廊下をずんずん進んでしまいます。アレスはその人柄に疑うものはなく、しかも婚約者(破棄予定ですが)や実の兄の友人です。
ディアナはあまり邪険にするのも良くないかと思い直しました。彼に少し距離を開けてついていきます。
「―――――あそこ」
アレスに促されて、視線の先を追うと中庭に面したテラスのテーブルに向い合わせで座る男女の姿が見えました。
(……あぁ)
ディアナの心がそっと揺れます。しかしそれは誰にも気づかれません。外面はいつも通りの無表情なまま、何も変わらないからです。
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