パペットさん

 家に帰ってきた。

 山道から少しだけ進んだ先にある、部落。

 民家は疎らで、緑に囲まれた土地。


 目につくのは、もっぱら田んぼと畑だけ。

 バスの停留所から緩やかな坂を上った先に、ボクの家はある。


「ただいま」


 玄関を開けて、帰ってきた事だけを報告する。

 家の中には入らず、ボクは車庫に向かった。

 車庫は二階建て。

 端っこに赤い階段があり、そこを登ると、鍵のかかった部屋がある。


 そこがボクの部屋だ。

 元々は物置として使っていたが、ボクの両親が他界したことで、急遽きゅうきょここに来ることになったので、端っこの方に物を重ねている。


 使われなくなったテーブルやタンス。

 子供の時に遊んだ古いオモチャ。

 ボロボロの衣類などが約12畳半の半分を埋めていた。


 窓際の6畳半が、ボクのスペースだ。

 壁際にソファを置いて、前にはテーブル。

 その向こうには、布団が敷かれている。


 テレビとかは見ないから置いてない。

 冷蔵庫は小さいのがある。

 クーラーはない。けど、扇風機はある。


「今日は来てるかな」


 ソファに座って、ボクは携帯ゲーム機を起動する。

 親に買ってもらった唯一のゲーム機。

 ソフトは、無人島で生活をするコミュニケーションを主としたゲームだ。


 ボクは現実じゃない世界に没頭するのが好きだ。

 ゲームの中では、みんな思い通り。

 嫌な人もいないし。いたら、すぐに離れる事ができる。


「あ、いた」


 この世界なら、友達がいる。

 ゲームのフレンドリストに『パペット』という名前の子がいた。


 指定して、チャットを開始。


『こんばんわ』


 すると、すぐに返事がきた。


『こんばんわ。木材集め終わったよ』

『ありがとう』


 今は、パペットさんと共同で家を作っている。

 家を作ったら、畑で栽培して、魚の養殖をするための囲いを作る。

 作業だけ見れば、本当につまらないと思う。


 たまにレアなアイテムを手に入れるくらいだ。

 ただ、このゲームの目的はコミュニケーションなので、作業自体はそこまで重要じゃない。


『学校楽しい?』


 画面から目を離し、ボクは考えた。


 楽しくはない。

 行きたくない。


 ボクは気持ちを押し殺し、嘘を吐いた。


『楽しいよ』

『部活入ればいいのに』

『入りたい部活がなくてさ』


 運動部と文化部。

 両方の宣伝を見て考えたけど、どれもボクには向いていない。

 ユイさんは、家庭科部だっけ。

 だから、いつもバニラの香りがする。


 画面の中では、二足歩行のキツネが宙返りをする。


『新体操は? 楽しいよ』

『無理だよ。運動神経良くないし』


 なんて会話をしながら、気になる事があった。


『パペットさんは、新体操してるの?』

『うん。大会は、まあまあだけど。楽しいから、いいかなって』

『すごいね』

『今日は委員会の仕事があったから。お休みしちゃったけどね』


 暗い陰が差し、キツネが落ち込んでいた。


『……お人形欲しいなぁ。そしたら、嫌なことあってもスッキリできるのに』

『フランス人形とか?』

『ううん。


 今はロボット工学とか進んでいるし、人間そっくりのアンドロイドとか、欲しいのかな。

 そう思って、ボクは相槌を打った。


『高そうだね』

『そうかな? 場合によっては、お金掛からないと思うけど』


 自分で作るのかな。

 だとしたら、確かにすごい。

 でも、お金はどのみち掛かりそうかな。


『ポンタくん。お人形になってよ』


 いきなり、そんな事を言われて笑ってしまった。

 キツネがおねだりをしてきたので、ボクはポーズを取った。


『いいよ』

『やったぁ!』


 他の人からしたら、くだらないやり取りだけど。

 ボクには、数少ない癒しだ。

 その後は、パペットさんの指示に従って、作業をこなした。

 人形ごっこは、思いのほか悪くない。

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