如月ユイ

 体操着姿で帰るのは、ボクだけだった。


「はぁ……」


 自然とため息がこぼれる。

 生徒玄関を出ると、野球部の掛け声がグラウンドから聞こえてきた。

 ほとんどの生徒は部活に行ったり、友達と遊びに行ったりしている。


 ボクは校門前にあるバスの停留所に向かい、ベンチに座っているのが日常。


「なんかなぁ」


 高校は良くもなく、悪くもない普通の高校に入学した。

 小学校、中学校と良い思い出はない。

 高校になれば、何か変わると思っていた。


 でも、現実は何も変わらない。


 せめて、都会のように遊びに行ける場所がたくさんあれば、ボクだってバイトをしたり、遊びに行ったり、計画を立てられる。


 生憎、ボクの住んでいる場所は田舎町だ。

 見上げれば山の稜線りょうせんが視界に入る。

 学校から、徒歩で15分の場所には海がある。


 山と海に挟まれた田舎町。

 それがボクの住む場所だ。


 景色を楽しむには、うってつけ。

 遊ぶのには、物足りないため、大抵はこの町より発展した隣町に出かける。


 ボーっとしていると、どこからかヒグラシの鳴く声が聞こえる。

 夕焼け色に染まった山を眺め、今日もボクはボーっと過ごす。


「えいっ」


 ぐりっ。

 いきなり、頬を押された。

 驚いて隣を見ると、そこには唯一仲良くしている女子がいた。


「またボーっとしてる」

「……今日、部活は?」

「休み」


 歯を見せて笑い、元気いっぱいに返事をする。

 彼女は、如月きさらぎユイ。

 クラスメイトだ。


 柔らかい雰囲気の女子で、サイドテールが特徴的な子だ。

 発育の良い体つきとは裏腹に、どこか子供っぽい印象を受ける女子で、ボクは度々イタズラをされては、変なリアクションを返してしまう。


 隣に座っていると、ユイさんからはバニラの甘い香りが漂ってきた。

 夏場特有の蒸れた空気に混じり、甘い匂いが濃くなり、ボクは何とも言えない気持ちになる。


「またイジメられたの?」

「……まあ」

「ユイがガツンと言ってあげるよ」

「デジャヴが……」


 昼休みの時にも、同じことを言われた気がする。


「リクくん。ちっちゃいもんね」

「……好きで小さいわけじゃないよ」

「可愛いのに?」

「あまり、嬉しくないかなぁ」


 男子の身で、可愛い呼ばわりは抵抗があった。

 バスを待っていると、隣からガサゴソと袋を漁る音がした。


「はい」


 渡されたのは、飴だった。


「……ありがと」

「どう致しまして。よしよーし」


 ついで、と言わんばかりに頭を乱暴に撫でてくる。

 頭を撫でられるのは照れ臭いが、それ以上にユイさんの撫で方は、まるで犬を可愛がるみたいで、何か嫌だった。


「あーあ。夏休みに入ったら、こうやって話すこともできなくなるよ」


 飴を口に入れると、ユイさんはまだ撫でてきた。

 後頭部をわしゃわしゃと撫で、髪をグシャグシャにしてくる。

 ボクの悪癖で、受け身になってしまう。

 されるがままにされて、ボクはユイさんの手を放置した。


 ちなみに、飴はメロン味だった。


「ねー? 夏休み、何か予定あるの?」

「……特にないけど」

「だったらさ。遊びに行かない?」


 まさか、女子に誘われるとは思ってなかった。

 不意を突かれてしまい、ボクは飴を舐める舌が止まってしまう。


「ふ、二人で?」

「いや?」

「嫌じゃない、けど」


 どういうつもりで、ボクなんかを誘ったのか。

 ユイさんの気持ちを疑ってしまう自分がいた。


「決まり―っ!」

「え、何して遊ぶの?」


 ボクの問いを無視して、ユイさんは立ち上がり、バス停から離れていく。夕焼けで赤色に染まった顔を見つめ、ボクは叫んだ。


「約束ね!」

「え、バスは⁉ 来るよ⁉」


 ユイさんはボクと同じで、バス移動だ。

 学校から山の浅い場所まで入り、そこにある部落に家がある。

 徒歩でも通える場所ではあるけど、学生はバス代が無料なので、利便性を優先してボクらはバス通学にしていた。


 ボクの制止も聞かずに、ユイさんは走って行ってしまう。

 ユイさんの姿が豆粒くらいになった頃。


 キキーっ。


 バスは、到着した。

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