第45話 裏切りと調査依頼

 王都ミストレアで商人マッツの護衛依頼を受けてから3時間が過ぎ、ようやく村が見えて来た。予定では2時間弱の移動になるとギルドから聞かされていたためカイトは少し不満に思っていた。


   ────自分とアンネだけならもっと早く終わらせていたはずだ。


『自分とアンネだけなら』と思いながらも、カイトの不満はライラをスルーしてニナにだけ向けられていた。なぜ自分があんな獣人と組んで依頼を引き受ける事になったのか、そもそもなぜギルドはあの2人と自分たちを組ませたのか、そんなことを考えながら歩いていると馬車を引く馬の足が止まった。


「さて、到着しましたな。ここが目的地の村になります」


「ここが?」


 カイトたちの目の前に現れた村は家や井戸が所々壊れており、牛や馬などの家畜が飼われていたと思われる家畜小屋には牛一頭の姿も見えなかった。それどころか、この集落からは人の気配が全くしないのだ。


このマッツという商人、こんなところで何の商売をするつもりなのだろうかとカイトが不思議に思っていると、馬車の後ろに配置されたライラとニナが腰に差した武器に右手を当て辺りを警戒しているのが見えた。


「おいお前たち、何をやっているんだ? こんなところで剣を抜く気なのか!?」


リーダーである自分が指示していない行動を勝手にとろうとしている二人に語気を荒げカイトは怒鳴る。それでもライラとニナは警戒を緩める事はせず武器から手を放そうとはしなかった。


「おいお前らいいかげんに・・・・」

「ねぇ!」


ライラたちと向かい合っているカイトの後ろからアンネが声をかける。


「なんだよ?」


「マッツさんの姿がどこにも見当たらないんだけど・・・・」


アンネに言われカイトは周囲をキョロキョロと見回しマッツを探す。だがマッツの姿はどこにもなかった。


「おい、なんでだよ!? なんで護衛対象がいなくなってるんだ!? まさか少し目を離したうちに攫われて・・・・」

「いや違う!」


辺りを警戒しているライラがカイトとアンネに割って入る。


「あの商人はどうやら連中の仲間だったようだ。私としたことが迂闊だった」


カイトとアンネにはライラが何を言っているのかわからず困惑する。


「ど、どういうことだ? 何がどうなっている!?」


「あの連中って何? 私たちに何が起きてるの??」


不安の色を隠しきれなくなったカイトとアンネもライラたち同様に辺りを警戒し始めた。カイトは背中に差した大剣を鞘から抜き、アンネも杖を構え辺りを索敵する。


「私たちは休憩の時からずっと監視されていましたですよ」


「監視?」


「うむ。だが、さすがの私も奴らと商人殿が繋がっていたとは思わなかった」


ニナとライラの言葉を聞いてカイトが驚く。


「そんなはずはないわ。そんな奴がいれば私の索敵スキルに引っかからないわけないもの!!」


「たしかにな。だが索敵スキルというものは敵の殺意や悪意を感じ取り敵の居場所を探り出すもの。B級以上の冒険者や上位の魔族には悪意や殺意といったものを隠しきることなど造作もないことなのだ」


「そんな・・・・だったらそんな連中をどうやって見つければいいのよ!?」


自分の索敵スキルと法術には絶対の自信を持っていたアンネは愕然とする。


「 『気』を感じ取るといいのですよ」


「「 気? 」」


カイトとアンネはニナの口から出た聞き覚えの無い『気』という単語に首を傾げる。


「『気』は人や動物さんに魔物さん、それに植物にもあるものなのです。それを感じ取り見分ける事ができるとサクテキスキルが無くても敵さんの居場所がわかるようになるってライラちゃんに教わったのですよ」


「獣人が適当なこと言ってるんじゃねぇぞ!!?」


カイトにはニナが言っていることが嘘ではないことなどわかっていた。その証拠に自分やアンネが警戒をする前からこの獣人はすでに辺りを警戒していたのだから。


だが、エリートであるはずの自分がこんなチビに後れを取っているということを認めたくないという気持ちが、自分の恥を上塗りするような言葉となって口をついて出てしまったのだ。


「じゃあ、今私たちを隠れて狙っているのって・・・・」


「うむ、十中八九B級以上の冒険者であろう。いや、元冒険者というべきかもしれぬな」


「元冒険者だと?」


すると突然、カイトたちの前にフード付きのローブで姿を隠した者たちが現れた。


「イチ、ニイ、サン、シィ・・・・」


ニナが人差し指で目の前に現れた怪しい連中の数を数えている。カイトもアンネも人の気配を感じないと思っていたこの廃村にまさかこれだけの人数が息を潜めて隠れていた事に驚き、敵の数をご丁寧に指差しながら数えているニナにツッコむこともしなかった。


「13人いますです。えへへ、最近100まで数えられるようになったのでこれくらい私には簡単に数えられるのですよ」


「B級以上が13人も・・・・そんなバカな・・・・」


「B級といっても『元』冒険者だぞリーダー殿。今の奴らはただの卑しい盗賊だ」


「アンタ何言ってんだ!? これだけの人数に囲まれたってだけでもヤバいのに・・・・」


カイトが不安そうな顔でライラに抗議していると、盗賊たちの中からマッツが姿を現した。そこにはさきほどまで自分たちに気を配ってくれていた優しいマッツの姿はなく、その顔には勝ち誇ったような気持ち悪い余裕の笑みがこびりついていた。


「マッツさん!! これはどういう事だ!?」


拳をギュッと握り恐怖を押し殺すと、カイトがマッツに対し怒りや不安をぶつけるように怒鳴った。


「ふふっ お前たちは身ぐるみ剝がされたうえでこれからは奴隷として闇商人に売られるのだ。E級以上の冒険者は闇商人が高く買ってくれるのでな。まぁ安心しろ、闇商人の相手はお貴族様だ。運が良ければ3食不自由のない暮らしができるだろう」


すでに勝負は決していると思っているであろうマッツからは余裕さえうかがえる。


「それは困りますですよ。奴隷になったらますたぁのプリンが食べられなくなっちゃいますですから嫌なのです」


「うむ、私も奴隷などごめん被るな。もはやマスター殿の甘味なしでは生きて行けぬゆえ」


ニナとライラの危機感のない発言にカイトは2人にも怒りをぶつける。そんな3人を止めることもせずアンネはただ恐怖で震えていた。仲間割れをする3人と恐怖で震えている一人を見てマッツはフンッと鼻を鳴らしカイトたちに言う。


「その場に膝をついて降伏しろ。そうすれば痛い目に合う事はないぞ」


あっさりと諦めその場に膝をついてしまったアンネとは対照的にカイトは震えながらも大剣を握りしめ手から離すことはせず盗賊たちに向けて構えていた。ニナは目を閉じて両手を左右の頬に当てると恍惚とした表情で「プリンもいいですがアンミツも捨てがたいのです」などと独りごちている。


(ん? あの女はどこいったんだ?)


カイトがわけのわからない事を言っているニナからさっきまでニナの隣に立っていたライラへと視線を移すとそこにライラの姿はなく、次の瞬間、カイトの耳にはドスッという鈍い音と共に「ぐぇっ」というマッツの声が聞こえてきた。


「商人殿、いくら何でも油断し過ぎではないだろうか?」


どうやらライラは13人の盗賊たちの中心で守られるように立っていたマッツに一瞬で近づくと、彼のみぞおちに強烈な拳の一撃を叩き込んだようだ。


一瞬にして間合いを詰められた挙句、雇い主であるマッツがやられてしまい盗賊たちも動揺の色が隠せずにいた。だが、盗賊たちはすぐに各々が自分の武器を構えると一斉にライラへと襲いかかった。


「うむ、元B級とはいえ所詮は盗賊であるな」


次の瞬間、13人の盗賊たちは両手両足を縛られたように突然動けなくなりその場に倒れ込む。


「貴様、何をした!?」


盗賊の一人が思わず声を上げた。ライラは盗賊の声を聞くと少し不快そうに指をパチンと鳴らす。


「・・・・」


盗賊は口をパクパクさせているだけで声が全く出ないでいるようだ。そんな身動き一つとれない盗賊たちを見てカイトとアンネも安心したのか、武装を解きライラの所へと駆け寄った。


「・・・・これはどうなっているんだ?」


「おおリーダー殿。ケガはないか?」


ケガなどあるわけもない。戦闘が始まる前にライラがマッツを殴り飛ばしたうえ盗賊たちを無力化してしまったのだから。


「大丈夫だ。なぁ、アンタ本当に何者なんだ?」


「そうね、私も気になるわ。ライラさん、あなたE級じゃないでしょ? ・・・・B級、いや、A級かそれ以上の・・・・」


カイトとアンネがどこか不安そうにライラを見る。


「私は初の護衛依頼を請け負ったニナの付き添いをする傍らギルドから冒険者を狙った事件の調査を頼まれていたのだよ」


「「 冒険者を狙った事件? 」」


「うむ、最近2人のように護衛依頼を請け負った冒険者が次々と行方不明になっていてな。何か起きている事は間違いなかったのだが、ギルドとしても実態が掴めず手を焼いていたため私の所に調査依頼が来たというわけだ」


カイトとアンネは驚いていた。だが、2人ともその驚きの対象はそれぞれ違うものだった。


「そんな・・・・そんな事件が起きているなんて知りもしなかったわ。なぜギルドは私たちに教えてくれなかったの!?」


「すまぬ。今回は私がギルドに事件について何も聞かされていない者に護衛を任を与えるようにと要請したのだ。事件を知った冒険者では犯人に警戒されてしまっただろうからな」


アンネはライラの言葉を聞き納得したように首肯する。自分たちが事件の事を聞いていたら犯人であるマッツにも警戒されライラの足を引っ張る結果になってしまっていたかもしれない。


それほどまでにアンネは自分とカイトの未熟さを痛感していた。


「なぁ、さっきも聞いたがアンタ本当に何者なんだ!? こんな事件の調査を依頼されるくらいだ、かなりランクの高い冒険者なんだろ?」


不安と恍惚に満ちた表情で質問するカイトを見たライラはハァッと溜め息を吐く。


「私はライラ。S級で戦神と呼ばれている冒険者だ」


ライラの正体を知ったカイトとアンネは目を見開いて驚いた。そんな3人のやりとりをよそに、ニナはプリンとアンミツの二択に今も頭を悩ませていた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る