第44話 トラブル
トレントとの戦闘を終えたライラたちはそこから1時間ほど歩いたところで休息をとることとなった。提案したのはリーダーであるカイトでもなければライラでもなく雇い主である商人のマッツだ。
王都からマッツの目指す村までは2時間弱、それくらいの距離なら休憩など必要ないとリーダーのカイトはマッツに食い下がったが、マッツは大量の荷物を運んでいる馬を休ませてやりたいからと言い、内心さっさと依頼を完了させたいカイトを渋々納得させたようだ。
「よし、ここらで小休止にするぞ! お前らも辺りを警戒しながら休んでおけ」
「わかった」
「わかりましたです」
ライラはカイトから休憩の指示を受けると馬車から少し距離をおいてニナと休憩をとった。これはニナと獣人嫌いのカイトをあまり接触させるべきではないと考えたライラの気遣いだ。
マッツも事情を察したのか、離れて休憩をとっているライラたちに何も言ってくることはなかった。
「ニナ、疲れはないか?」
「大丈夫なのですよ。この調子なら今日はあと3件くらい依頼をこなせちゃいますです」
「ふむ、だが油断大敵だぞ? 護衛というのはいつ何が起こるかわからぬのでな」
「わかりましたです。今度また魔物さんが襲ってきたら私がみんなを守りますですからね」
ニナは腰に差したダガーナイフを鞘から抜くと楽しそうにブンブンと振り回す。そんなニナを見てライラはこの依頼を受けたことを少し後悔した。まさか共同で依頼に当たるのがカイトのような奴だとは思わなかったからだ。
カイトは騎士学校を首席で卒業したというだけあり剣はD級冒険者にも引けを取らない腕前だった。
だが、彼はあまりにも冒険者として未熟だと言わざるを得ない。その証拠に、この依頼を受けるにあたりカイトとアンネは傷薬や毒を受けた時のための解毒薬などの用意をしておらず、それはもしケガをしてもアンネの法術があるという慢心から来るものであったのだ。
トレントを討伐した時もそうだ。彼らはトレントが落としたこの『トレントの葉』を見向きもしなかった。それどころか拾い集めているニナに対し「ゴミ拾い」などと言ってのけたのだ。
依頼で何が起こるかわからない冒険者は薬草1つ蔑ろにするべきではない。もしアンネが法術を使えない状況に陥った時の事など頭にないのだろう。それらの点を踏まえ評価すれば、彼らよりよっぽどニナの方が冒険者として格上と言わざるを得ない。
「ニナ、どうにも嫌な予感がする。何かあった時に備え少し腹に入れおくといい」
そう言うとライラはポーチ型アイテムボックスから干し肉と乾パン、そして以前マスターから貰った水の入った水筒を取り出しニナに渡した。ニナは水筒の蓋をコップ代わりにして中の水を注ぐと一気に飲み干し、冷たい水の入った水筒をライラへと返した。
「冷たくて美味しいのです。ライラちゃんも飲みますですよ」
「うむ、では私もいただこう」
ライラとニナが楽しそうにしているのを横目で見ていたカイトは、立ち上がると馬車から離れて休憩をとっているライラたちに近づいた。何やら見慣れない金属の箱から水を出して飲んでいたのが気になったようだ。
「おいお前ら、なんだそれは?」
トラブルを避けるため、休憩中はわざわざカイトたちから距離をとっていたのにそんな気遣いも理解せず近づいてきたカイトにライラはうんざりした。
「これはスイトウといいますです」
「獣風情が口を開くな! 俺はそっちの女に聞いているんだ!!」
心無い言葉を投げつけられたニナはしょぼんとしている。
「いや、ちょっと待て! 獣、お前が持ってるそれを見せてみろ」
カイトはニナが先ほど鞘から出したダガーナイフを自分に見せるようにと命令するとニナは少し考えカイトに自分のダガーナイフを渡した。
「獣、お前これどこで盗んだんだ? お前なんかが持つにはもったいない品だぞ」
「そ、それは私のお友達から貰いましたですよ。きっとこのダガーが私を守ってくれるからって言ってくれましたです」
「ふん、そのオトモダチってのもどうせどこかで盗んで来たのだろう。これは俺が貰っておいてやる。獣風情が持っていたところで宝の持ち腐れだ」
カイトはニナのダガーナイフを手に持って高く掲げると、すっかり水筒の事など忘れライラやニナに背を向けて戻ろうとした。
「返してほしいのです。それはヴィエラちゃんから貰った大切なダガーナイフなのですよ。それを持っていかれるとスゴく困りますです」
ニナは立ち上がると慌ててカイトを追い彼の足にしがみついた。
「獣が! 誰の体に触れてやがる!!」
カイトが自分の足にしがみついたニナを見る目は怒りに満ちていた。いくら獣人嫌いとはいえこれは異常だ。これ以上ニナに何かされてもいけないと危惧したライラが「おお!」と感嘆の声を上げ2人の注意を自分に向けた。
「これはいい剣だな。だが持ち主には少し大きいように思えるな」
「なに!?」
カイトは自分が背負っていた大剣が鞘だけを背に残し抜かれている事に気づく。そしてその大剣は今まさに目の前で座っている女が持っていたのだ。
「リーダー殿、細身のそなたには大剣よりも片手剣もしくはダガーをオススメするぞ。大振りの一撃よりも素早さを活かした手数で勝負すべきだと私は愚考するが・・・・どうだろうか?」
カイトは唖然としてライラの言葉を聞いていると、すぐにハッと我に返り怒りがこみ上げてきた。すると、またすぐに怒りで我を忘れたかのように手に持ったニナのダガーナイフでライラに向かってきた。
「冗談だリーダー殿、気を悪くしないでくれ」
さっきまで地面に座っていたライラの姿はなく、いつの間にかライラはカイトの背後に現れると、さっきまで手に持っていたはずの大剣をカイトが持っていたニナのダガーナイフと取り換えていた。
カイトは知らないうちに手に握らされていた自分の大剣を見つめる───何だあの女は。
呆然としているカイトを気に留めることもなく、ライラはニナの所へと行くとカイトから奪い返したダガーナイフをニナへと返した。
「ありがとなのですライラちゃん」
少し涙目になっていたニナは、ヴィエラから貰った大事なダガーナイフが手元に戻り安堵した。
「うむ、気にするな。だが今後、自分の身を守る武器は肌身離さず持っておくべきであろうな」
「わかったのです。ハナミ忘れず持っておきますです!!」
「・・・・うむ、少々おかしな言葉になっておるがまぁよいだろう」
2人は手をつなぎ商人とアンネが休憩している馬車へと戻って行った。馬車へ戻るとマッツが心配してニナとライラに声をかけてきたが被害者のニナから「大丈夫なのです」という言葉を聞いて胸を撫で下ろしていた。
アンネも先ほどのライラとカイトのやりとりを見ていたようでニナとライラの2人に謝罪する。ニナはアンネの謝罪を受け入れると彼女にも「大丈夫なのです」と笑顔で言いライラから受け取ったダガーナイフを腰の鞘へ戻した。
「さて、そろそろ出発しましょうか!」
商人の号令でライラとニナ、そしてアンネの3人は出発の準備を整えた。リーダーであるカイトは、さっきまでライラとニナが休憩していた場所で何やら考え込んでいるようで立ち尽くしていた。
商人がカイトを呼んでも反応が無い。仕方なくアンネがカイトを呼びに行くと、カイトは「あぁ」と心ここにあらずな返事をして馬車がある所へと戻って来た。
それからはカイトがニナに絡む事もなくなり、魔物との戦闘も苦戦することなくスムーズに移動することができた。
また、自分より格下と見て侮っていたライラの異質さを肌で感じたカイトではあったが悩んだ末出た結論として、あれは自分の油断によるところが大きいと考えていた。
「そうだ、騎士学校首席のエリートである自分があんな奴らに後れを取るわけがない。俺は神童と呼ばれた天才なんだぞ!!」
カイトは自分にそう言い聞かせると、休憩中ライラに傷つけられたカイトのプライドはすぐに回復したようであった。
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