第46話 早すぎる再会

 その日、俺はまだミストレアでの営業許可を貰えていないため店を開けるわけにもいかず、店内で一人コーヒーを飲んでいた。すると、店の玄関の扉に設置されている鈴がカランカランと鳴ると店に一人の女が俯いて入って来た。


女は店のホールまで来ると、顔を上げ真っ直ぐ俺を見る。


「・・・・」


「・・・・」


俺と女の間に数秒間の沈黙が流れる。


「・・・・あの、えっと・・・」


「何も言わないで! わかってるから!! 言いたいことはわかってるから!!!」


「・・・・二度と会えない今生の別れくらいの感じでアルヴィナ村ではあんなに盛り上がって別れたのに」


「うわぁ、やめて! まさか再会することになるとは思わなかったのよ!! しかもこんな早くに!!!」


そう、今俺の目の前に現れたのは、エゼルバラルで知り合った色町の用心棒であり甘味屋の常連客でもあるヴィエラだった。彼女にはエゼルバラルやアルヴィナ村に滞在している時に俺もニナもたくさん世話になった。


そんなヴィエラではあったが、彼女も仕事があるためこれ以上エゼルバラルを空けるわけにもいかず、アルヴィナ村を出て王都へと向かう俺たちとはそこで別れる事となった。また、俺がエゼルバラルの貴族と少し揉めてしまっていることもあり俺はエゼルバラルに戻ることができないため、彼女とは今生の別れになるはずだったのだ。


だが、どういうわけか今、俺の目の前にその別れたはずのヴィエラが立っていた。ヴィエラとしても俺たちとは二度と会う事は無いと思っていたため、最後の思い出にとあの時思い切った行動に出たのだろう────なんかごめん。


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「だからね、呼ばれたのよ! 私はギルドを通してミストレアに呼ばれたの!!」


「はぁ・・・・まぁ、元気そうでなによりです」


「元気そうも何もつい最近まで一緒だったじゃない。気を使わなくいいわよ!! 二度と会えないと思って勝手に盛り上がってた自分がバカみたいだわ!!」


ヴィエラは恥ずかしさを隠す様に妙なテンションで王都へとやって来た経緯を説明した。どうやら彼女は、エゼルバラルへと帰るとすぐに冒険者ギルドから王都で開催される昇級試験の試験官を務めるようにと命令が下ったようだ。


「そうだったんですか。ですがヴィエラさんがそんな命令に素直に従うなんて珍しいですね? ギルマスに何か弱みでも握られたのですか?」


「弱みって何よ? 私にそんなものあるわけないでしょ」


「じゃあ一体どうして?」


「仕方ないでしょ、王族や貴族からの指名依頼なんだから。町にいる顔見知りの貴族くらいならともかく、さすがの私も王族に逆らえるほど不遜ではないわ。それに・・・・」


「それに?」


「王族は金払いがいいのよ」


そう言うとヴィエラはいつものカウンター席に座り、腕に顔を突っ伏して少し不貞腐れたように俺が出した紅茶の入ったカップを眺めていた。さっき自分で飲むために淹れたコーヒーはすっかり冷めてしまっていたため、お湯を沸かし自分用のエスプレッソを新しく作っていると、また店の玄関の扉が開き鈴が鳴った。


「ただいま帰りましたです。今日も無事キカンしましたのですよ」


ライラと共に請け負った依頼を終えニナが帰って来た。今日も無事どこもケガすることなく元気に帰って来たニナに俺は「お疲れさん」と声をかけ店内へと迎え入れると、ニナはいつものカウンター席へと行き腰を下ろした。


「ますたぁ、今日はアンミツを食べますです。プリンかアンミツか悩みましたですが、今日はアンミツの気分なのですよ」


自慢の可愛い尻尾を左右に振りながら俺にアンミツを注文するニナが、隣に座ってカウンターテーブルに顔を隠すように突っ伏しているヴィエラに気づく。


「あ、ヴィエラちゃんがいますです。ますたぁ、ヴィエラちゃんなのですよ!!」


即バレた。


「違うわ。私はヴィエラじゃなくてただの普通のお客さんよ」


テーブルに突っ伏して顔を隠したままヴィエラはニナに言った。


そこまで恥ずかしがることでもないだろうにと俺は思ったが、どうやらヴィエラにとってはかなり恥ずかしいようだ。


「もう二度と会えないと思っていましたですよ! また『すぐに』会えて嬉しいのですよヴィエラちゃん。こんな『すぐに』会えるなら今日の報酬でヴィエラちゃんに何かダガーナイフのお返しのプレゼント買っておけばよかったのです。でもこんな『すぐに』会えるならアルヴィナ村から一緒に来ればよかったのですよ!!」


顔を隠していてもニナには完全にバレているようで、ニナはヴィエラとの再会を喜びながらも意識せず、そして悪気無くヴィエラを抉る。

     

              ────容赦ないな。


「ううっ・・・・幼女の純粋さが辛いわ」


ヴィエラは再会を喜ぶニナを見て観念したのか、顔を上げるとカップに入った紅茶を一口飲みニナに「こんにちわ」と挨拶した。


「でもニナちゃん、よく私だとわかったわね? 顔隠れてたし服装だっていつもと違うでしょ? それにちょっと髪も切ったし」


たしかにそうだ。今日のヴィエラは魔法使いが着るような白いローブを着ており、髪も少し短くなっている。


「そんなの簡単にわかりますですよ。ライラちゃんの匂いは覚えてますですから!」


「匂い? 変ね、今日は香水もつけていないのだけれども・・・・」


香水と聞いてニナは「ううん」と言って首を横に振る。


「香水じゃないですよ。ヴィエラちゃんの体の匂いなのです」


「ええ!?」


「ヴィエラちゃんの体からはヴィエラちゃんの匂いがプンプン匂いますですよ」

              ────本当に容赦ないな。


ニナは椅子から立ち上がると、顔をヴィエラに近づけ嬉しそうにクンクンと匂いを嗅いでいる仕草をした。これにはさすがのヴィエラも慌ててニナから距離をとった。


「マ、マスターさん。来てそうそうに悪いのだけれどお風呂を貸してもらえるかしら!? というか、許可貰えなくても借りるわ!!!」


そう言うと、ヴィエラはカウンターの中にあるスタッフルームへと駆け込み風呂場へと向かった。ニナにはなぜ突然ヴィエラが風呂へと行ってしまったのかわからなかったらしく、自分もヴィエラと風呂に入りたいと言って風呂場へと向かって行った。


ヴィエラにとって慌ただしい再会となってしまったようだ。


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 それからしばらくして、ヴィエラとニナが風呂から上がり3人でお茶を飲んでいるとニナと組んで冒険者ギルドの依頼に当たっていたライラが帰って来た。ライラは少し困った顔で何やら考え込んでいる。


「おかえりなのですライラちゃん」


「おかえりなさいライラさん」


「うむ、ニナにマスター殿。今帰った。」


考え事を中断させ俺とニナの方へと顔を向けたライラの目にヴィエラの姿が飛び込んで来た。ヴィエラは少し気まずそうに「ハ~イ」とライラに手を振った。


「おお、ヴィエラ殿! 久し・・・・くはないな」


「久くはないわね・・・・だって、ついさっき別れたばかりだもの」


「ま、まぁ、壮健で何よりだ」


「・・・・う、うん」


それから店内にはニナがクリームソーダをズズズッとストローで啜る音が響くと数秒の沈黙が流れた。この時、俺もライラももちろんヴィエラも、必死に話題を探していたのは間違いない。


「今日はどうしたのだヴィエラ殿? 王都へは何か目的があって来たのか?」


「え、えぇ。昇級試験の試験官をやれって。王族からの依頼で来たのよ」


「ヴィエラ殿もか!?」


「え? じゃあライラちゃんも?」


「うむ、それで少し困ったことになってしまったのだ」


「「「 困ったこと? 」」」


俺とニナとヴィエラの言葉が重なる。ライラとヴィエラが依頼された昇級試験の試験官の仕事というのは、狩猟際でケガを負いリタイアした受験者を安全な場所へと誘導したり、自分には手に負えない魔物と出くわしてしまい助けを求める受験者を救い出したり、はたまた不正を働く冒険者を取り締まったりすることらしい。


もちろん試験官の手を借りてしまった冒険者は失格となるのだが、命を失うよりはずっといいだろう。


「私はレイチェル王女から護衛の依頼も受けているのだ」


「ちょっと待ってください。試験官の依頼を出したのって王族なんですよね? それで王女様の護衛も同時に出したってことですか?」


俺がライラに聞くとライラは首を横に振って否定した。


「いや、私に試験官を依頼してきたのは貴族派の第2王子なのだ。ミストレアの王位継承権の第1位であるレイチェル様の弟君である第2王子を次期王にと担ぎ上げている貴族たちとしては戦神の名を持つ私の名声を利用したいのだろう」


「何よそれ!! そんなの断っちゃいなさいライラちゃん!!!」


ライラの言葉を聞いてヴィエラが自分の事のように怒った。


「実際、ライラさんの名前をどう利用するつもりなんですか?」


「おそらく、試験官の依頼を終えた後どうにかして私を自分の手元に置こうという腹積もりなのだろう。試験官の依頼は私と第2王子の接点を作るための口実にすぎぬのだろうな」


「おエラいさんたちが考える事は皆一緒ね」


ヴィエラが胸の前で腕を組み呆れながら溜息を吐くと、何故かニナもヴィエラを真似て腕を組みながら溜め息を吐いた。


俺もどうやら祭りだと浮かれてばかりいられないかもしれない。せっかくの祭りで貴族や王族の争いに巻き込まれない事を祈るばかりだ。

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