第34話 旅立ちと商業ギルド

 アルヴィナ村に来てから十日目の朝、俺はこの村での営業を終える手続きをするため商業ギルドへと来ていた。この村の商業ギルドはエゼルバラルほど大きくはないもののそれなりの賑わいを見せていた。


「ではこれで甘味屋さんの営業終了の手続きを完了させていただきます。お疲れ様でした」


「10日間お世話になりました」



商業ギルドのカウンターで手続きをしてくれた職員に俺は丁寧にお礼を言ってギルドを去ろうとすると、ギルドの一角で何やら数人の人が集まっていることに気がついた。彼らの前にはボロボロになった鞄や靴、そして何か鋭利な刃物で引き裂かれたようなリュックなどが並んでいる。


「あれは何をしているのでしょうか?」


俺は気になりギルド職員に尋ねると職員は沈痛な面持ちで一つ息を吐き教えてくれた。


「あれは旅先で亡くなられた行商人の御遺族の方たちですね。昨日、この村の近くで殺されているのを旅人が発見したようです」


「殺された?」


「えぇ、おそらく魔物にやられたのでしょう。見つかった遺品からは鋭い爪で引き裂かれた跡が確認されております」


「そんなヤバい魔物がこの辺にいるんですか!? 駆除とかは?」


「はい、殺された行商人の御遺族が冒険者ギルドへ討伐の依頼を出したようですが未だに討伐されたという情報は入って来てませんね」



 商業ギルドでは所属している商人が旅先で亡くなった場合、葬儀の手配や遺族への補償は十分にしているらしい。この世界では冒険者ギルドや商業ギルドが教会にそれぞれの祭壇を設けておりそこで手厚く祀られるとのことだ。


また、遺族には商業ギルドや仲間の商人たちから見舞金が出るため主を失った遺族がいきなり路頭に迷うということもないようだ。仕事を持たない者たちを冒険者ギルドへと連れて行き冒険者にしているライラを見ていた俺としては、ギルドというのは仕事を斡旋したりするだけが仕事なのかと思っていたが違うようだ。色々と手厚い。


「やった魔物の目星は付いているのですか?」


「はい、冒険者ギルドの見解ではウルフ種の仕業ではないかとのことでした」


またウルフだ。俺がこの世界に来たばかりの時に何も知らない俺は3匹のウルフに襲われて殺されかけたのは苦い思い出だ。トラウマと言ってもいい。


「殺された行商人の馬車もボロボロにされていたみたいです。甘味屋さんも十分お気を付けください」


「はい。ありがとうございます」


日本にいた時などよく道路脇なんかに立っている「落石注意」や「熊に注意」などと書かれた看板を見てよく思った事だが、実際落石や熊をどう注意するべきなのだろう。はっきり言って落石や熊など人間の力ではどうすることもできないだろうに「注意」などと書かれても手の打ちようがないのだとよく思ったものだ。


今回も同様で、どう気を付ければいいのかと聞いてやりたいところではあるが商業ギルドの職員には魔物のことなど専門外なのはわかりきっているので聞くことはしなかった。




 アルヴィナ村での売り上げはほとんど獣区の獣人相手に商売していたこともあり客の入りに対して儲けはそこまでではなかった。まぁ、材料費はタダみたいなものなので赤字にならなかっただけよしとしよう。


この村の獣人たちはほとんどの者が定職に就いておらず日々生きていくだけでやっとなのだ。というのも、この世界には獣人への差別や偏見があるらしく獣人は人並みの仕事に就けないためアルヴィナ村の様な小さな村の獣人たちは冒険者になるくらいしか道が無いらしい。


魔物討伐などといった戦うだけが冒険者の仕事ではないといっても、一つの小さな村で冒険者の数が増えてしまうと戦えない冒険者には仕事が無くなってしまう。それは人区に住む人族とも軋轢を生むことにもなるのだ。


また獣人という連中はとにかく仲間意識が強く、自分だけ良ければそれでいいという考えはないようで同胞の仕事を奪うことはできないからと冒険者になることを諦めた者も多いようだ。


この村に住むそんな心優しい獣人たちが一時でも腹を満たして笑ってくれればと、ピピアたち大人獣人冒険者チームが自分たちの稼ぎの半分を出し合って集めた金を持ち、腹をすかせた獣人がいたらこれで食わせてやって欲しいと俺の所へやってきたのだ。


彼らだって生活があり、まだ新人の彼らの稼ぎは微々たるもののはずだ。ピピアに関しては嫁や子供たちまでいる。そんな彼らから金を受け取れないと俺が困っているとニナやポックルたち子供獣人チームも協力を申し出る。


子供たちが自分の稼ぎから金を出し合っているのに大人が静観はできないと、それを見ていたライラやヴィエラまで協力を申し出たため残りの数日間、この喫茶甘味屋での獣人たちの飲み食いはタダにすることにした。


俺は彼らから金は受け取れないと断ったのだが、売り上げの数%を商業ギルドに納める義務があるためライラとヴィエラから受け取るように言われたのでありがたく貰う事にした。ただし、みんなが稼いだ報酬の半分を貰うのはさすがに気が引けたので1割だけもらうことにしたのだ。


ちなみに、ピピアやニナそれにポックルたち新人冒険者とは違い戦神と呼ばれるライラや鮮血と呼ばれるヴィエラの『報酬の1割』はかなりの額だった。


そんな経緯もあり俺たちはなんとか10日間、このアルヴィナ村での営業を無事終えることができたのだった。



 店を畳み出発の準備が整うと俺たちを見送りたいという獣区の獣人たちが店のあった場所に集まってくれた。獣人の男たちからは「これは食えるから」と言われ野草を貰い女たちからは手織りのケープやマフラーなんかを貰った。


「どうも皆さん、10日間お世話になりました」


そう言って頭を下げた俺の肩に獣人のおばさんがポンと手を置いた。


「何言ってんだい、世話になったのはこっちの方さね。アンタらがここに店を出してくれたおかげで腹をすかせた子供たちにもたらふく食わせてやることができたんだからね」


そう言ったオバサンの後ろには6人の猫人族の子供がいた。ピピアの一家もそうだが獣人の一家というのはどこも大所帯なのだろうか?

可愛らしい猫人族の子供たちからも「またこの村に来てね」と言って貰えて俺としても大満足だ。


「アニキ! アニキやライラの姉さんにヴィエラの姉さんたちと出会えたこと、このピピア一生忘れやせんぜ!! アニキはずっと俺のアニキだ!!!」


ピピアは右手でゴシゴシと涙を拭いながら鼻声でそんなことを言うと、ピピアの後ろにいたピピアの嫁さんが深々とお辞儀をした。俺もピピアの嫁さんにお辞儀を返しているとピピアの子供たちが泣きながらニナに駆け寄った。


「ニナ、また絶対来いよ!」


「もちろん来ますですよ。次来るときは立派なすーつそるるえになっていますですから美味しい甘味をみんなに教えてあげますです!!!」


「よくわからないけどわかった!!」


ニナはピピアの子供たち全員と握手をして別れを告げた。


「・・・・ニナちゃん」


「ミーアちゃん。また会えたときは一緒に甘味を食べますですよ」


「うぅ~、ニナちゃん。もっと一緒にいたかったよぉ」


ミーアは今までなんとか堪えていた涙が溢れ出してしまったようで決壊したダムのように号泣してしまった。無理もないだろう、ミーアは年齢制限もあって冒険者にはなることができなかったため、毎日依頼をこなし報酬を稼いでくるポックル達に嫉妬して不貞腐れてしまい家から出なかったのだ。


またミーアは獣区でこの先もずっと甘味屋は営業していると思っていたため、ニナともいつでも会えると思っており営業終了の今日まで数回しか遊べなかったと後悔しているようだ。


「ミーアちゃん、別れにナミダはダソクなのですよ」


号泣しているミーアにニナが言う。本当にそんな言葉どこで覚えてくるのだろう?


「ダソクってなぁに?」


「・・・・」


「ニナちゃん???」


「とにかく、泣いたらダメなのです。別れる時はまた会う時の事を考えて笑顔で別れるのが冒険者のジョーシキなのですよ!!」


    ・・・・・きっとそんな常識はない。


「わかった。絶対また会おうね!!」


そう言うとミーアはニッコリと笑顔になりニナと固い握手を交わす。俺やライラ、そしてヴィエラも一通り獣人たちと挨拶を済ませると揃って村の外へと向かい歩き出した。獣人たちは俺たちの姿が見えなくなるまで手を振ってくれていたが、人区の連中からは「さっさと出て行け」とでも言わんばかりの冷たい視線を向けられた。


彼らの目には俺たちが人族でありながら獣人の味方をする裏切り者とでも写っているのだろう。仲間思いの獣人たちに比べこの村の人族は何とも狭量な事だ。


「じゃあ私はここでお別れね。楽しかったわ、みんなありがとうね」


村の外へ出るとヴィエラが俺たちに別れを告げた。ライラやニナは知っていたようで驚かなかったが、この先ヴィエラも同行するものだとばかり思っていた俺は一人驚いていた。


「一緒に来られないのですか?」


「えぇ。私には色町の用心棒の仕事もあるしね。短い付き合いだったけど楽しかったわ」


「そんな、今生の別れみたいに・・・・」


「おそらくもう会う事はないでしょうね。私はエゼルバラルから出ることないだろうしマスターさんたちはエゼルバラルに来れないしね」


そうだった。俺はエゼルバラルのエラい人とトラブっていたことをすっかり忘れていた。ヴィエラとはあんなことがあって少し気まずかったりしたが、いざ別れるとなると寂しくなり思いのほか未練がましい自分が情けなくなった。


「ライラちゃんも元気でね」


「うむ、ヴィエラ殿も達者でな」


「ヴィエラちゃん・・・・」


俯いているニナを見たヴィエラはニナをギュッと抱きしめた。一瞬驚いたニナもヴィエラをギュッと抱きしめる。


「ニナちゃん元気でね。私があげたダガー、大事にしてね」


「もちろん大事にしますですよ。それからそれから、ヴィエラちゃんやライラちゃんみたいにスゴい冒険者になりますです」


「ふふっ 楽しみね」



こうして俺、ニナ、ライラはエゼルバラルへと帰るヴィエラと別れ、次の目的地である王都を目指し歩き始めた。

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