第35話 オレグラッセとアプフェルクーヘン

 アルヴィナ村を出た俺たちは今、収穫した野菜をこの近くの町まで売りに行くという農家の人の馬車に乗せてもらっていた。俺たちが向かう王都は彼が向かう町とは反対方向にあるようで途中までではあるが、気さくなこの男は嫌な顔一つせず俺たちを馬車に乗せてくれたのだ。


当初、俺が新しく得たスキルポイントカードでレンタルした車で一気に王都を目指す予定だったのだが、車を召喚して出すと驚いたライラに「これで王都へと向かうのは目立ちすぎるのでやめた方がいい」と言われてしまい渋々諦めることにした。


まぁ俺がレンタルした『車』には移動以外にも使い道があるのでレンタル料も無駄になることはないが、車で移動できると思っていた俺や初めて見る車という乗り物に興奮していたニナが少しがっかりしたのは言うまでもないだろう。


また、馬車に乗せてもらった分際でこんなことを言うとバチが当たりそうではあるが、この馬車という乗り物は舗装されていない道を走ると振動が凄く長いこと乗っていると尻が痛くなってくるのだ。現に俺は今立ったり座ったりしながら尻の痛みと戦っている。


そんな俺とは違い、長旅に慣れているためかライラは尻の痛みなど気にもしていないようだった。ニナにいたってはこの激しい揺れをものともせず洟提灯を膨らませて気持ちよさそうに眠っているくらいだ。


俺が尻の痛みに必死に耐えていると、突然馬車が止まった。


「雲行きが怪しいな。旦那方、今日はこの辺で雨風凌げる場所を探して野宿にしましょう」


御者台に座り馬車を操縦している農家の男が振り返り俺たちに話しかけて来た。俺は御者台がある方へ行き顔を出して空を見上げると、たしかに今にも雨が降り出しそうな黒い雲が空を覆っていた。


「うむ、それがいいだろうな。あと数分もしないうちに降りだすであろう」


「では俺の店でやり過ごしましょうか」


「店?」


 俺とライラの話を聞いていた農家の男は不思議そうに俺を見ていた。ライラが馬車の荷台で寝ているニナを抱きかかえると俺はすぐさまスキル『甘味屋』を使い俺の住まい兼店を召喚した。いきなり目の前に俺の店が現れ男はかなり驚いていたようだったが、激しい雨が降りだしたこともあり俺に説明を求める事もなく男は俺たちと一緒に一目散に店の中へと入って行った。


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「これは一体・・・・??」



 雨を凌ぐため店の中に入り濡れた頭をタオルで拭いている俺に男が尋ねる。神から貰ったスキルだなどと言えば騒ぎになると思い、「俺のスキルです」とだけ伝えると男は納得したのか、はたまた気を使ってくれたのかはわからないがそれ以上聞いてくることはなかった。


「こちらにどうぞ」


そう言って俺は、馬車に乗せてくれた礼も兼ねて男を店内ホールにあるカウンター席へと案内する。いくつかあるカウンター席のうちすでにライラが座っている席から一つ間隔をあけて座った男はライラから馬車に乗せてもらったことの礼を言われると笑顔で応じていた。


「お待たせしましたです。こちらメニューとなりますです」


いつの間にか制服に着替えたニナが農家の男にメニュー表を渡す。メニュー表には男が見た事もなければ食べた事もない名前の菓子や飲み物が並んでおり男を戸惑わせたようだ。


やはりメニュー表には写真が欲しいところだ。いつかポイントが溜まったらメニューに写真を載せるためカメラとでも交換しよう。


「ご注文がお決まりになったら呼ぶといいのです。ちなみに私のオススメはパンケーキなのです。あ、でもプリンもガトーショコラも捨てがたいのですよ」


「ふむふむ、どれも聞いたことない食べ物ばかりですなぁ」


当たり前だが、ニナのオススメを聞いてもどんな食べ物かわからないため男は注文する品を決めきれずにいたが、甘いものは好きとの事だったのでお茶請けの菓子は俺に任せてもらうことにした。


俺はスキルで男に出す菓子を召喚する。


「おまちどうさまでした。アプフェルクーヘンでございます」


「ほぉ、甘い香りがして、、、、これは美味そうだ」


「また私の知らないお菓子なのです!!」


 アプフェルクーヘンとは簡単に言えばリンゴのケーキだ。くし形に切ったリンゴに切り込みを入れたものをパウンド生地の上部に埋め込み焼くのが一般的だ。アプフェルクーヘンはドイツ生まれの菓子でそれほど手間がかからず美味しくでき、いろいろとアレンジもきく万能なケーキなのだ。


まぁ俺のようにスキルであっという間に手間なくとはいかないまでも、誰でも簡単に美味しく作れるためドイツの一般家庭でも愛されている菓子の一つだと師匠であるロクさんから昔聞いたことがある。


「では、さっそくいただいてみようかな」


男は菓子に添えられて出されたフォークを器用に使いアプフェルクーヘンを一口サイズにカットし口に運んだ。


「・・・・これは美味い!」


男は一口、もう一口、さらにもう一口とアプフェルクーヘンを口に運んでいった。そんな男を見て俺はここぞとばかりに一風変わったコーヒーを出す。


「・・・・これはまた、、、、飲み物ですかな?」


「はい、こちらはドリップコーヒーベースのオレグラッセという飲み物になります」


「俺と暮らせ???」


個人的には今俺が出せる至高の一品、エスプレッソコーヒーを飲んでもらいたかったのだがここはコーヒーをこの男に知ってもらい少しでも広めるためにもストレート勝負は捨て、あえて変化球で勝負すべきだと思ったのだ。


オレグラッセは苦いコーヒーと甘いミルクの奇跡のマリアージュが実現したコーヒーといえるだろう。


作り方も簡単で、グラスに牛乳とシュガーシロップを入れスプーンなどでよくかき混ぜる。次にアイスコーヒーをスプーンで受けながら注く。ここで砂糖を加える事によって牛乳が沈むため自然と2層に分かれる。


こうして牛乳とコーヒーをセパレートできたら完成だ。


「ふむ、、、これはちょっと、、、私には難しい味ですな」


複雑な表情で言葉を慎重に選び感想を言う男を見たライラは「まぁそうだろうな」とでも言いたいようにウンウンと首肯している。コーヒーを飲んだことないニナは「次はきっと上手く作れるのです」と言って俺を慰めてくれたが、別に失敗したオレグラッセを出したわけではないので複雑な気持ちだった。

 

 オレグラッセといえど、やはりコーヒーはこの世界の人たちには受け入れられないのかとガッカリしていると俺は男の飲み方に目が行った。男は俺がせっかく作ってくれたのだからとオレグラッセを飲み干そうと奮闘してくれていたのだが、彼はオレグラッセの上の部分のダッチコーヒーだけを啜っていたのだ。


「そうか、飲み方か!!」


俺は思わず叫んでしまった。この男のこの飲み方ではちゃんとオレグラッセを味わったとはいえない。オレグラッセの飲み方としてはグラスを口につけグイッと傾けたら上のコーヒーを鼻の下で堰き止めながら流れ込んで来た下の牛乳と一緒に口に運ぶのがベストなのだ。


俺は男にオレグラッセの飲み方を教えると、さっきまで外の空模様と同じくらい曇っていた彼の表情はパァッと晴れ「美味い」という一言が彼の口を突いて出ていた。


「マスター殿、こちらにもその飲み物を頼む!」


美味そうにオレグラッセを飲む男を見たライラが自分も飲みたくなったらしくオレグラッセを自分にも作るようにと注文する。グラスの中でセパレートした牛乳の上には彼女が『泥水』と揶揄したコーヒーがあるのだがいいのだろうか、などと俺は少しいじわるなことを考え笑った。


「私は『あぷぷくぅふぇ』を食べたいのですよ。ミチの甘味はてってーてきにケンキュウしなければなりませんですから!! すーつそるるえは一日にしてならずです」


ニナはいつの間に定位置であるカウンター席の右端に座りいろいろな甘味の研究内容が書かれているであろう自分のメモ帳と鉛筆を取り出しアプフェルクーヘンを待っていた。


にぎやかで明るい店内とは反対に、店の外では今も雷と豪雨が店を叩くように降りつけている。

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